呼び出し

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 次の夜の12時。  エレンスゲは指定された通り、駐屯地裏山の王墓に単独で姿を現した。 「きたぞ、言われた通りに!」  暗闇の中でエレンスゲが吠える。その声に呼応するかのようにヘルメースが1人、物陰から姿を現した。 「ようこそ、エレンスゲ行政長官殿。お待ち申し上げておりました」  嫌味な敬礼をしてみせるヘルメース。 「何か、『獣人』というには割と小柄な……?」  チャスカたちとともに物陰に隠れて様子を伺う奈々音が思わず不思議そうな顔をする。  やってきたエレンスゲ、その体格は駐屯地にいた警備兵よりふた周りは小さいだろうか。筋肉質だが薄い胸板、細長い手足、そして突き出た口と、大きな耳。鋭さを感じるのはその嫌らしい目付きくらいか。  まるで狐が服を着込んでいるような。 「貴様……植人類、アテナ国の者か。だとすればこのインディルカで何をしている? ことと次第によっては国際紛争級の話だぞ」  エレンスゲが睨みを効かす。 「ははは、まあお互いに野暮な話は止めにしましょう。建前を語るような席ではありません」  ヘルメースは笑って受け流す。 「ねぇエレンスゲさん、あなたは今の地位に満足されておられるのですか?」  含みを持たせたヘルメースの問いかけ。 「インディルカ攻略作戦において獅子奮迅の活躍をされたあなたが、今では行政長官。昇進もせず、本国にも戻れず。それで満足なので?」  ……なるほど。ヘルメースさんが交渉にでたのはそういう意味かと、奈々音は思わず唸った。  インティたちレジスタンスは結成されたばかりでスペルーニャの駐屯部隊と正面から戦えば全く勝ち目がない。そこで裏帳簿をネタにして懐柔策に出る魂胆か。  ならばチャスカさんたちインディルカ人が交渉に当たるべきではないだろう。直接の敵対関係という感情論が邪魔するからだ。 「……やかましい。貴様ごときにするような話ではない」  牙を剥くが、図星が顔に出ている。 「そうですか。アルテミスさんは勲功を認められて海兵隊長にまで昇進されたというに。ま、はその意趣返しということで?」  ヘルメースの手には『裏帳簿』が握られている。それをヒラヒラとこれみよがしに翻して煽ってる。 「本国が金を払わんと言うのだ。だったら自力で稼いで何が悪い」  じり……とエレンスゲが近寄っていく。 「あなたにはあなたの言い分もありましょうな、しかし」  ヘルメースに動揺の気配はない。相変わらず余裕の立ち位置。 「冷徹でその名を知らしめる御国のグリフォン皇帝陛下の耳に入ったらどうなることでしょうな。その結果までは分かりかねます」 「……取引条件は?」  エレンスゲが足を止めた。 「あなたの持つ真紅(クリムゾン)の【10】と引き換えでどうです? 我々も【9】を使い切って火力を補充したいので」 「やかましい! ふざけるのも大概にするがいい!」  エレンスゲが吠える。 「貴様らに真紅(クリムゾン)の【10】を引き渡し、それが行使されたとなれば『誰が使ったのか』は一目瞭然! このワシは即刻にして裏切り者として処刑されるではないか」 「はは! これは異なことを」  にっこりとヘルメースが優しく微笑む。まるで幼子を相手にでもするかのような。 「マデの横流しをしている時点であなたはすでに『裏切り者』ではありませんか? 何なら我らと合流するという選択肢もあります。さすれば堂々と『金儲け』ができますよ?」 「身の程知らずの雑草めが。貴様らはスペルーニャの軍事力とグリフィン陛下の恐ろしさを知らんのだ」  エレンスゲの細い腕が僅かに膨れ上がったかのような。だが。 「生身で戦うのですか? それは無理というものでしょう。こっちは魔法で防御してますから」  ヘルメースが胸元から神蒼(ディブルー)の【3】のコインを取り出してみせる。 「ま、【3】ですから大した力はありません。でも生身の攻撃が通るほど弱くもないですよ?」 「ふふん!」  エレンスゲはそれでも嗤ってみせた。 「誰が素手で殴ると言った? こんな身体つきだが、それでもワシは【10】クラスの上級魔導士ぞ。魔法戦で簡単に勝てると思うなよ、雑草めが」  
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