ロカとインティ

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ロカとインティ

「お嬢さん、奈々音さんと言われたかな?」  声を掛けてきたのはロカの方からだった。白髪で小柄な老人。神官だったときすでに70近かったと聞いたから、今なら80に手が届くくらいか。  奈々音は10年前にこの国で何があったのか、ヘルメースからそのあらましを聞いてはいたが。 「ロカ……さんですね? インティ君から元大神官を務めておられたと聞いてます。大魔導士であるとか」 「はは! 昔の話ですわ。今となっては唯の老いぼれに過ぎんので」  そう闊達に笑う姿は好々爺の感じも漂わせるが。 「奈々音さん、もしよければあんたの持つ【JOKER】を見せて貰えんかね? とても希少で、わしも現物を直接見たことがないのでな」 「え? あ、はい」  首元の紐を手繰り寄せ、胸元から【JOKER】を取り出して見せる。 「うー……む。実に興味深い。コインはマデを精錬した際にくっきりと色が分かれるものだから、通常このように何色ともつかないことにはならんのだが」  しばし不思議そうに眺めてから「ありがとう、いいものを見た」と手を放す。 「あ、あの。ちょっと聞いていいですか?」  奈々音がロカを呼び止める。 「ん?」  足を止め、ロカが振り返る。 「私、この世界に『飛ばされた』のでよく分かってないんです。特に、魔法のこととか」 「……異世界とやらから人がやってくる、という話は聞かんではない。昔話の噂程度ではあるがの。ならば詳しくなくても当然か」  どれ、と言いながらロカがその場に腰を下ろした。 「さて、何から聞きたいね? これでも神官時代には『魔法とは何か』を古文書などを参考に研究していたものだ。わしが知る限りでよければ教えよう」 「えと……」  いったい何から聞いてよいやら。 「そもそも『魔力』って何なんです? あの、光の球みたいなのがそれなんだろうなとは思いますが」 「あれか。あれは『魂子(プシュルオン)』と呼ばれる素粒子の放つ光だ。……素粒子とは何か、分かるかな」  唐突に始まる『現代物理学』に驚きながらも「ええっと、これ以上細かくならないこの世界の最小単位、ですよね?」と答えた。こっちの世界にくる2週間ほと前に学習した範囲だ。ギリギリまだ覚えている。 「その通り。電子とか、光子とかがそれに当たる……と古文書には書かれていた。この世界では遥か昔に科学がとても発達しておったようだな」  今では失われてしまった知識……これは。 「そもそも『生物』とは何か。その問の答えこそ『プシュルオン』の存在なのだ。プシュルオンが宿りしものが生物で、宿っていないものが『無生物』と定義できると言っていい」  有機体でもただの化合物ということがある。その反対に無機質な人形に魂を感じることもある。つまりそれが『プシュルオン』の違い。 「じゃあ、誰でも魔法は使えるんですか?」  『生きるもの』であるならば。 「コントロールできるのであればな」  ロカが自分の顔の前で人差し指を立てた。 「プシュルオンは自身がその存在と流れをはっきり認識できない限りコントロールできん。それが普通人と魔導士の違いぞ」 「じゃあ、それがコントロールできれば?」  現状で言えば奈々音自身は何の役にも立っていない。もしも自分が【JOKER】を使うことができたなら、もしかしたらサンタァを犠牲にしなくて済んだかも。その歯がゆさが後ろ髪を引いて離してくれない。 「別の道もある」  ロカの目つきが変わった。つまりここから先が『話しかけてきた本題』ということだろうと、奈々音は察した。 「別の道ですか」 「そう、我々の戦いからその身を遠ざけるという選択もあるということだ。自ら中立を宣言して誰にも与しないというのであれば何も考える必要もないし、何も努力する必要がない」  確かに、何となくインティたちと同行してはいるが本来から言えば奈々音は第三者だ。インディルカにもスペルーニャにも、もっと言えばオルアンダやアテナの国にも義理はないのだ。 「ここから先に進めば危険は当然、怪我もするだろうし死の可能性とて低くない。それをよく考えるべきだと、わしは思う」  そう言い残し、元老神官はゆっくりと去った。
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