運命にして最悪の出会い

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運命にして最悪の出会い

 ――そして、10。 「あっ……ちゃぁ。これって『飛ばされた』? もしかして」  雑草と立木が生い茂る平原の真ん中。  一人の少女が重たそうに身体を持ち上げる。見渡す限り一面の緑。今の今まであったはずの商店や街の雑踏はなく。 「空気が、違う気がする。何つーか、酸素が濃いよーな。違和感あるわ」  軽く息を吸うだけで肺の中が満たされるような妙な感覚に、少女の脳が『今までいた世界』と違うのだとはっきり認識をしている。  鳥か何かが鳴く声はしているが、人影らしきものは近くに見えない。 「だとすると、ここがSNSや先生が言ってた『異世界(マジカルバース)』ってヤツなのかな」  制服のスカートについた土埃をはたいて立ち上がる。怪我らしい怪我もなく済んだのは長袖の上着とレギンスのお陰だろう。ショートに切り揃えられた黒髪が風に揺らいだ。 「面倒くさいことになっちゃったけど……まぁ何とかなるかぁ、多分」  ため息と呟いた独り言に後ろ髪を掻き上げる。  『ある日、こつ然と人間が消える』という事象は古くから語られてきた。いわゆる『神隠し』。それがここ数十年の間に多発するようになり、また戻ってくる者たちも出始めた。  そうした彼らが語る『飛ばされた世界』の内容には一貫性が見られたため、それは『同じ世界に飛ばされたのだろう』と言われている。    いつ誰がどういう切っ掛けで飛ばされるのか、全くのランダム。奈々音たちの住む世界に極めて近いとされるこの異世界最大の特徴は『魔法が支配する世界』だという話だった。 「あとは……?」  どうせ自分には無関係だと思っていい加減に聞いていた話をどうにか思い出す。転移のショックなのか、記憶が上手く出てこない。 「あーなんだっけ。亜熱帯で雨が多い? あと何か『キモ!』って思ったことがあったな。確か……」  そのとき、近くの草むらが『ガサリ』と重たい音を立てた。 「……何?」  少女が恐々後ろを振り返る。 「へ?」  正面に何やら真っ黒なドーム状のものがある。よく見るとそれは途轍もなく大きな『顔』だった。白目のないギョロリとした目玉だけでもスイカほどはあろうか。  そして、その下には斧のような牙を備えた『顎』が。 「ぎぇぇ!」  逃げるも何もなかった。足がすくんでその場にペタリと座り込む。ガサ……とゆっくり姿を現したそいつは、自動車ほどの大きさをした『超巨大カナブン』だった。 「そ、そうだ! 雨が多いから植物が大繁栄して、結果として昆虫が巨大化したって言ってた! に、人間でも喰われるとかって……」  そのカナブンは明らかにその少女を獲物として狙っている様子である。 「ひぇぇ! あ、あたしなんか食べたって美味しくないからぁ!」  と、そのときだった。 「やれやれ、やっと姿を現したな。用心深いヤツだなぁ」  少女の背後から若い男の声がした。そして。 「退いてて。それ、僕のだから」  そう言うと、声の主である深緑色の民族衣装を着込む少年がずいと前に出て、手に持っていた小さな円盤を胸の前でかざした。 「こ……これは! もしかして、噂に聞いていたコイン?! 魔法に使うっていう、あの!」  すると己の危険を察知したのか、カナブンが大きな翅鞘(ししょう)を広げた。逃げるつもりらしい。しかし。 「逃さないよ」  涼やかな少年の瞳がまるで猛禽類のように鋭く光る。飲まれそうなほど深い紺碧(ブルー)。そして少年が左の親指の爪先で人差し指の端をピン! と切りつけると、滴った鮮血がコインの前で渦を巻く。 「真紅の槍(ウェイク・フォース)……【3】!」  次の瞬間。少年の両手の間に生じた光球がコインを突き抜け、炎の槍となって巨大カナブンの脳天を一撃のもとに突き破った。空気を切り裂く轟音が、まるでライフルでも撃ったかのように後を引く。  ……ズシャリ。  鈍い音がして、巨大カナブンが地面に崩れ落ちた。 「ふぇぇ……た、助かったぁ。あ、ありがとう! 助けてくれて」  少女が慌てて立ち上がる。 「あ、あの、私は奈々音(ななね)って言うの! あ、あなたは?」  よく見ると育ちのよさが整った顔立ちに表れているような。 「……僕の名前? インティだ。ああ。それと別に君を助けたわけじゃない。僕らはこの獲物を追っていたんだ」  インティと名乗った少年の背後から3人の人影が姿を現す。 「流石ですね。一撃でしたか」  長髪に紺色のロングコートを着た男が『獲物』の息が止まっているのを確認している。よく見ると両目を閉じているような。 「で、そちらのお嬢さんは?」  相撲取りかと思うほど恰幅のいい男が奈々音の方を見やる。全身に、まるで売り物を飾るかのように大量のコインをぶら下げている。そして、両目を隠すかのような金色の半仮面。 「いや、その」  奈々音がたじろいでいると。 「どうします? 女ですし、インティ様のお気が進まないなら私が始末しておきますが」  インティと同じ深緑の衣装を纏った女が、大きなナイフをギラつかせる。 「へ? ちょっと! 何で殺される前提なのよぉ!」  何がどうなったのか、奈々音は混乱を起こしていた。
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