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アルテミス
「で……これはいったい何の悪い冗談なんです?」
チャスカが頬をひくつかせて『客人』を睨みつけている。
インティたちがアジトとして使っている波止場近くの古い石造りの家屋、そのリビングの椅子に涼しい顔でどっかりと座る『客人』こそ、アルテミス本人である。
「あのー、せっかくなんで何か飲まれます? 長旅だったでしょうから喉も乾いておられるでしょうし」
山小屋で留守番をしていたおばさんはこのチームの世話役専門らしく、この港町のアジトでも炊事掃除に洗濯とフル回転だ。今日はあまりの珍客に、どうもてなしていいのか困惑気味ではあるが。
「や、お気遣いなく。何、だいたいの場所は聞いていたのだが地図を読むのが面倒でしてね。ちょうど奈々音に出逢ったから案内を頼んだんだよ、な?」
突然話を振られ、奈々音が宿題を忘れて叱られる小学生のように肩を小さくする。
「おめおめと案内を?」
奈々音を睨むチャスカの声に殺気が籠もるのがありありと分かる。
「いやぁ、流石にタダでは申し訳ないからさ」
空気を読まずにアルテミスがケラケラと笑ってみせた。
「チャスカさんが奈々音に頼んだ買い物に付き合ってあげたよ。なぁに、感謝には及ばん。自分は人魚族とはいえ獣人類なんでね、力なら自信がある」
「貴様、どうやってあの厳戒態勢を掻い潜ってこれたのだ?」
ロカの拳が震えている。
「あ? 別に一個大隊を動かしたわけじゃないんだ。自分一人なんて、どうにでもなるさ」
以前アルテミスは余裕の構え。
「やれやれ、貴女という人は全く変わらない。前にお会いしたときもそのように癪に障る物言いだった記憶ですな」
アルテミスの左横に腰掛けるヘルメースも呆れ顔だ。それでも左横にいるのは万が一の際に抜刀を阻止するためのポジション取りだろう。
「やあヘルメース、久しぶりだな。アテナとの和平交渉以来かな」
「……武力をチラつかせて一方的な条件を無理矢理飲ませようとする行為を御国では『和平交渉』と呼ぶのですか? だったらその通りですがね」
「ははは! そういう嫌味なところはまさしく君らしい。自分はそういう腹芸が苦手で困るよ。どうにも嫌われ易くてね」
「エンゲルスの敵討ちって感じでもないようだけど。だったら何しにきたわけ? アルテミスさんは」
テーブルに頬杖をつき、インティが迷惑そうに眼を細める。
「ん? エンゲルスか。ああ、あれについては礼を言わねばならなかったな。マデの横流しについてどう処分するか迷っていたからね」
にっ……と悪そうな笑みを浮かべる。
「正直、エンゲルス一派を壊滅させてくれて助かったよ。内紛は何かと後から揉める元なのでな」
「では、私たちに『カインの港に輸送船が来ている』と情報を流したのは」
チャスカの眉間に強い皺が寄る。
「あはは! まあ、過ぎた話さ。エンゲルスについては双方がWin Winだったんだからね。君たちが仕事しやすいよう気を遣って警備は手薄にしておいたんだぞ」
「我々の側に、そちらさんのスパイがいるという理解でいいので?」
ヘルメースが注意深く尋ねる。
「やだなぁ、せめて友人と呼んでくれたまえ。自分は人種で交友関係を選ばない主義なんだ」
笑い飛ばすアルテミスは、否定をしなかった。
「それで? 面倒なんだけどさ。どうしたいの、アルテミスさんは」
インティが痺れを切らしたかのようにジロリ睨む。
「決まってるだろ」
何を今更と言わんばかりに。
「君たちを殺して反乱軍を鎮圧する仕事があるからね」
「馬鹿なんですか、貴女は」
チャスカが語気を強める。
「ここには貴女以上の魔導士が勢揃いしているというのに」
「それはどうかな」
ふふん、とアルテミスが鼻を鳴らした。
「威力があり過ぎて実戦では使い物にならない【QUEEN】や【KING】なんて何の意味もないだろう。違うかい?」
事実、10年前にはインディルカは【KING】と【QUEEN】を使うことなくスペルーニャに敗北したのだ。
「自分はね、忠誠心とか敵討ちなんざぁどうでもいいのさ。ただ強い敵と戦って命の限界を味わうのだけが生きがいなんだ」
カタン、と小さな音を立ててアルテミスが席を立つ。
「さて、誰から相手をしてくれるのかな? 楽しみでならないね」
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