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「私にお任せを」
波止場の開けた場所を決闘の場所と定め、チャスカが皆を抑えて前に出た。
「他意はありませんが、私はこういうフザけた鼻持ちならない女が嫌いなものですので」
「……僕に任せてくれてもいいよ。あの人は城を陥落させたときの功労者だしね」
珍しくインティが口を挟むが。
「いえ、あの女の悲鳴を聞かねば気が済みません」
と、チャスカは譲らなかった。
「まずはチャスカさんか。楽しみだな」
アルテミスが剣を鞘から抜き払う。まるで氷でできているかと思うほどに透明な刀身。その柄の蓋を開けてアンプルから血液を補充していく。まとまった量だ。
そして装飾された鍔の根元に真紅のコインを嵌め込んだ。
「真紅の槍……【3】」
詠唱とともに透明だった長い刀身が見る見るうちに真紅へと染まっていく。離れたところからでもその熱を感じるほどに。
「あ、そうそう」
顎をしゃくり上げ、アルテミスが小馬鹿にするような目付きをしてみせる。
「悲鳴が聞きたい、だそうだな。折角だから最初に聞かせておいてやろう。『きゃー』でいいか? それとも『うぎゃー』とかか?」
「結構です。私が聞きたいのは『魂が赦しを請う叫び』なので」
チャスカが得物を取り出す。いつも携帯している大型ナイフではなく、もっと大きくて背の反りがある『マチェット』だ。
アルテミスと同じように柄にアンプルから血液を注ぎ込む。戦闘に備えて普段から少しづつ自分で採血しているという。
そして鍔にコインをセットして準備完了。
「深緑の鎧……【3】」
詠唱と同時にバラバラっとコインを放り投げて、空中で固定させる。そう、エレンスゲが使っていた『跳躍足場』だ。
「はは! なるほど。まともに地上戦をしたのでは、このアルテミス様のスピードに着いてこれないからな。うん、悪くない」
瞬間、2人の姿が同時に消えた。
2人の間でしか理解しあえないタイミングでの戦闘開始。繰り返す鋭い金属音が重い海風を切り裂いていく。
「凄い……2人の動きに目が着いていけない!」
奈々音が思わず目を丸くする。見えるのは輪郭が溶けて虚ろになった残像だけ。
「あれだけの高速機動が可能なのはチャスカさんぐらいのものかと思ってましたけどね」
ヘルメースが『意外な』とばかりに口元を引き締める。
「『速く動く』というのは単に魔力の恩恵だけではできないことなんです」
「チャスカの身体能力は常人離れしているからな」
インティも今はじっと二人の遣り取りを見守っている。
「ええそうです。卓越した体幹の力と抜群の身体制御能力、それに自分の位置を3次元で把握する高感度な三半規管、そして何より超人的な動体視力。普通の人間どころか獣人相手にも引けをとるまいと思ってましたが、世界は広いものですね」
「すでに4桁近く打ち合っているな」
インティの目にはかろうじてその姿が追えているのか。それにしても1万という斬り合いは尋常ではない。
光と影の蠢きあう絡み合いはその一瞬がまるで何時間かのように錯覚するほどの濃密さ。互いに限界まで速度を上げる超高速度領域でのバトル。
「コインの力をあえて【3】に抑えているとはいえ、あれだけの連撃はあり得んレベル。他の魔導士では真似のできんことだ」
ロカも厳しい表情のまま。
「ええ、ですけれど」
ヘルメースが何かを言いかけたときだった。何かがパン! と跳ねるような音がして2つの影が距離を離して着地した。
「ち……っ!」
チャスカの息がかなり乱れている。そのイラつきは思った通りにことが運んでいない証拠なのか。
「やれやれ、ここまで手こずるのは正直、想定外だったな」
アルテミスが構える剣の緋色がほぼ透明に戻っている。魔力を送りきれなくなっているのだ。
「こうなるともう、鬼ごっこは終わりにしないとな」
ふぅと軽く息をつき、アルテミスが剣のコインを取り外した。
「少々不本意だが、力ずくの一撃必殺で行かせてもらうとしよう」
取り出した真紅のコインは【7】だった。柄に血液が補充されていく。
「そうきましたか。ならば私も深緑の【7】でお受けするしかありませんね」
チャスカもマチェットのコインを交換し、左手の甲をマチェットの先端で切って血液を吹き出させる。用意したアンプルは、お互いこの数秒に全て使い切ったということだ。
「【7】の力は【7】でしか相殺できぬ。お互い、その辺りが魔力の限界ということか」
ロカの声が微かに震えている。
「いくぞ!」
掛け声は同時だった。
「真紅の槍」
「深緑の鎧」
「……【7】!」
その瞬間、辺りは強烈な閃光に覆われた。
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