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「殺す理由? 素性の知れぬよそ者に我々の姿を見られた以上、生かしておいて何か利があるとでも?」
まるで魚か屠畜でも捌くように、女がナイフを持って当たり前そうに奈々音へ近寄ってくる。
「その妙な格好、お前さんは少なくともこの国の人間ではあるまい。ならばスパイということもありえるからな。まあこれも運命の示すところだ」
全身コイン男が冷たく言い放つ。
「願うくば、神のよきお導きのあらんことを」
さっきの長髪男が祈るように両手を組む。
「ね、ねぇ! インティ君! た、助けてよ!」
奈々音が命乞いをするも、インティは奈々音に興味がないようで見向きもしない。
「チャスカ、僕は人の叫び声を聞くのが嫌いなんだ。やるんだったら一気に頼むよ」
「承知しております。大丈夫です、喉笛を一閃すれば全て事足りますので」
チェスカと呼ばれた女が冷たい眼差しのままナイフを逆手に持ち替える。
「ちょ、ちょっと待ってぇ!」
半泣きになりながら後ずさりしようとした瞬間、奈々音の踵が石に引っかかってドン! と尻もちをついてしまった。
「痛ててっ!」
と、そのとき。
チャリン……。
彼女のスカートのポケットから、何かが軽やかな音色を立てて転げ落ちた。
「え? 何か落とした?」
何か大事な物でも落としたかと慌てて拾い上げた『それ』は、先ほどインティが使ったコインによく似ていたものだった。
それはインティのコインのような真紅ではなく、何色とも形容しがたい玉虫色に見える。そしてその表面には戯けたピエロの文様が薄く刻まれていた。
「え? いつの間にこんな物が?」
奈々音が記憶の糸を辿ろうとすると。
「おい! 何だ、それは」
最初に食いついたのは、全身コイン男だった。
「お嬢さん、そのコインはあんたの物か?!」
両目を見開き鼻息も荒く、異様なまでに食い付いてくる。
「え? へ? ええ、そ、そうです、そうです!」
YESと言えば何となく助かりそうな空気感に、思わず奈々音がそう答えてしまう。記憶の方は朧気なのではあるが。
「ちょっと見せてくれ」
全身コイン男が寄ってくる。
「あー……そうそう。お嬢ちゃん、儂は『サンタァ・シンタクラース』というオルアンダ国の者だ。総督の命を受けてこのインディルカにきておる」
ドンと構える超大柄な体格に圧倒されつつ、「あ、はい……」と言いながら、恐る恐る奈々音がさっきのコインをサンタァに渡すと。
「うー……む、儂も話に聞くだけで『本物』は初めて見るが、これはもしや『見つかれば国宝級』とまで言われる【JOKER】ではあるまいか」
「こ、国宝級! そんな貴重品なんですか?!」
思わず奈々音が声を上げる。もしもそうなら、これはゲームでいうところの『チート能力』になりえるのではと期待に胸が膨らむが。
「お嬢さん、奈々音さんと仰るんでしたか。そのコイン、私めに貸して頂けますか? 随分前ですがアテナの王宮で現物を拝謁したことがあります」
ロングコート男が玉虫色に輝くコインを手にとった。
「……この伝わってくる波動、間違いありません。おっと失礼、私めはヘルメース・サマラスと申す、しがない宣教師です。どうぞお見知りおきを」
敬々しくヘルメースが頭を下げる。細くさらりとした長い髪がふわりとなぴく様の何とも涼やかな。
「チェスカさん、彼女を殺すのはお止めになった方がいい」
ヘルメースが苛つくチェスカをそっとなだめる。
「【2】から【10】と違い、【ACE】などの固有名称はコインの意思が所有者を選ぶといわれます。ましてこれは神が与えし【JOKER】。さればこの女性がここにいるのも神のご意思があろうかと」
「……どうします? インティ様」
チェスカが忌々しそうにナイフをだらりと下げた。
「僕はどっちでもいいよ」
インティは手持ちのナイフでさっきのカナブンを切り捌く方に忙しいようで、相変わらず奈々音に興味はなさそうだった。
「【JOKER】って珍しいっていうだけで、何か能力があるわけじゃないんだろ? それより殺さないなら捕虜として同行してもらうしかないんだろうけど」
はぁ、とひとつため息をついてカナブンの上から奈々音を見下す。手持ちナイフから鮮やかなピンク色の体液が滴り落ちる。
「だとすると食料や水の分前が減るからさ。それだけが気鬱だよ」
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