野営

1/2

20人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

野営

「と、ところで、その……皆さんたちパーティはこんなところで何をしているんです?」  夕食時、奈々音は4名の中で最も話しかけやすそうに見えたヘルメースにそっと尋ねる。  昼間、巨大カナブンを倒してからは本当に忙しかった。チェスカに「捕虜は捕虜らしく相応に仕事をしないさい」と冷たく命じられ、「はい!」と言うしかなかったのだから。口答えなんぞしようもんなら、一撃のもとに「喉笛を一閃して」殺されてしまいそうで、とても「嫌です」と言える空気ではない。  倒したカナブンはバラバラに分解し、肉や臓器はすぐに燻して燻製にした。水分と余分な脂を抜くことでを減らし、持ち運びと保存が効くようにするためだ。それと生肉の匂いがすると、それを狙って別の肉食昆虫がやってくる危険もあるという。  多分、それとは別に寄生虫とか殺菌の意味合いもあるのだろう。  巨大な翅鞘もあとで売るのだという。装飾品としていい金になるそうだ。ちなみに顎や脚も売れるという。  昆虫の解体なんぞ不気味だし、思ったほどではないにしろ臭いもキツいので、慣れない作業が一段落した頃には奈々音はヘトヘトに疲れていた。 「パーティ? それがどういう意味か分かりませんが、私はへーラ教皇から『インティ様をお護りせよ』との依頼を受けて帯同させて頂いているだけです」 「あ、そ、そうですか……」  奈々音は少し拍子抜けした様子で渡された『カナブンの燻製焼き』を一口かじった。そうか、ヘルメースもこの国の人間ではないのか。 「う……思ったほど悪くはない、ということにしておこう」  違和感がないかと言われれば決してそんなことはないが、どっちかというと安物のエビという感じがしないでもない。香辛料がよく効いていて、そこは助かる。現世ではテレビで昆虫食の話が出ていたが、まさかこんなところで実食するハメになるとは思ってもみなかった。  レストランでメニューにあっても絶対に頼むことはないだろうが、ここでは慣れておかないと餓死の危険があるだろう。  この不思議なパーティ? チーム? は何かが変だと奈々音は感じていた。何というか仲間としての一体感に欠けるというか。『インティ様』とやらはフリーダムで自分のやりたいように適当にやっているようで、特にメンバーを指揮しようとする気はないような。  現に今も他のメンバーと特に会話するわけでもなく、1人黙々と燻製をかじっている。  チェスカという奈々音より少し年齢の高そうな女性は、とにかく何をするにもインティの意向を第一にしているようだ。あるではまるでお付きの女官のような。  サンタァとかいう関取はコインにしか興味がないような。あと、さっきから見ていると燻製は内蔵ばかり食っている。焼き肉を食いに行ったらホルモン専門というヤツだろう。美味いのかもしれないが、試してみようという気にはなれなかった。  アテナ国の宣教師を名乗ったヘルメースはずっと目を閉じたままだ。盲目なのかも知れないが、それで不自由を感じているようでもない。何か別の方法でこの世界を感じているとか? よく分からないが。そしてこの殺伐としたメンバーの中で彼一人だけ場違いなほど洗練されたイメージがあるが、彼もこの国の人間なのだろうか。 「やれやれ、これで暫くの間は大丈夫だろう。このカナブンが荒らし回っていたせいでこの辺り一帯の獲物が皆んな逃げていたが、これで少しづつ戻って来るだろうし」  満足したらしいインティがゴロリと横になる。 「ええ、地域の狩人や農民たちも一安心でしょう。何しろカナブンは放っておくと畑も壊滅的に荒らしますし」  チェスカが火の後始末をしている。野営で火事になると大変だからだろう。 「さて、今晩はもう遅いです。暗い山道は足元が危ないし、村へは明日の朝に戻りましょう」  いつの間にか夜はとっぷりと暮れていた。『月』というものがこの世界にあるのか知らないが、とりあえずは星の光だけが明かり。これではとても歩けない。 「はぁ……これからどうなるんだろ。とりあえず単位不足で留年は確定的かなぁ」  諦め半分、不安半分。奈々音は疲れ切っていつの間にか寝入っていた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加