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焼き払い
「オルアンダ行きの船には話をつけてきた。満載までもう少し積みたかったようだが、事情が事情だからな。すぐに港から出るそうだ」
暗闇の中、サンタァがインティたちの元に戻ってくる。
「じゃあ、手前の6隻を沈めて終わりか。余計に騒ぐ必要もない。さっさと終わらせよう」
面倒くさげにインティがマントを羽織り直した。
「……行きましょう」
チャスカが先導し、船団壊滅班は夜陰に紛れながら船着き場へと入る。確かに本来ならば厳重に警戒されているはずの波止場に警備兵の姿が少ない。
「とりあえず、邪魔になりそうなのは手前にいる一人だけですね」
夜陰に溶け込むようにしてチャスカがそっと警備兵の背後に回り込み、何の躊躇をすることもなくナイフを敵の喉元で真一文字に引き斬った。
「……っ!」
何かを叫ぼうにも喉から空気が漏れたのではどうのもならない。
やがて大量の出血で意識を失い、警備兵はその場に崩れ落ちた。
「さて、と」
チャスカの背後からインティたちが姿を現す。足元の死体へ特に何の感情を見せるでもなく。
「大型の貨物船6隻か。順番に焼いてもいいけど、できたら一気に始末したいな。そうすれば敵兵が集まるまでに逃げ切れるし」
どの角度から『一撃』を加えるか、インティが見定めている。
「真紅の【9】があと1回分残ってなかったっけ? なければ【8】でもいけるかも知れないけど、なるべく確実に仕留めたいんだ」
「残弾1ではあるが、あるにはある。流石に【9】ともなれば貴重品だが、後に取っておくつもりがなければ」
差し出されたインティの右手にサンタァが「真紅の【9】を乗せる。
「そんな先のことなんて考えても仕方ないさ」
冷たい海風を受けながら、インティがコインを握りしめる。
「これをお使いください。足元に転がっている警備兵の腰ベルトに付いてました」
チャスカが小さなアンプル瓶をいくつかインティに渡した。
「……」
それを星の光にかざし、インティが中身を確かめる。紛れもなく、中身は魔法の触媒に使う血液だ。……インディルカ人の。
死んだ敵兵1人が身に着けていた分だけで、人間1人分の血液にはなろう。ならばこの波止場全体に配置された警備兵の、或いはスペルーニャ兵が奪い取った血液の総量、人数がどれほどになろうか。
一見して無表情にも思えるインティの心の裡で怒りの煮えたぎる音が聴こえてきそうな張り詰める空気感。
「残虐に踏みにじっても勝ってしまえばそれが正義って言うんならさ、それを更に上から叩き潰すのも正義ってことだよね」
暗闇の中、真紅のコインがふわりと浮き上がってインティの胸元でピタリと止まる。仄かに放つ紅いオーラは魔力が発動される前の準備段階。
「ふぅ」
インティがひとつ、深呼吸をする。集中力を高めているのだ。
握り潰したいくつかのアンプルから血液が吹き出し、コインの前で渦を巻く。
「くるぞ、伏せておけ。一応な」
サンタァが皆を自分の背後へ回らせる。自分の身体を覆う無数のコインは魔力に対する盾なのだ。コインは他のコインの魔力を弾くことができるから。
そして、次の瞬間。
「【真紅の槍】……【9】!」
インティのかざした両手の間から光球が生まれ、渦巻く血液を取り込みながら奔流となって【9】のコインへ正確に当てられていく。
「……凄いものだな。通常は大魔導士ですら【9】クラスのハイパワーだと魔力が暴れてその全てをコインに集中させられない。それをあれだけ正確にコントロールできるとは。流石は稀代の天才魔導士と言われたワカ国王の息子だけのことはある」
サンタァが唸る前で、【9】がその力を顕現する。
コインから噴き出した炎の巨柱はまるで怒れる火竜が如くに疾走し、眼前に並んだ大型輸送船6隻の土手っ腹を事もなげに貫くと、火炎の大穴を開けてみせた。
「耳をふさげ!」
サンタァが怒鳴る。
一瞬遅れて地響きがするほどの轟音が辺りに広がる。哀れな木造船たちはまるで薄紙が千切れるかのようにバラバラに砕け散り、そのまま業火に飲まれて塵となって空や海に消えていった。
「こ、これが【9】……!」
跡形も無く消え去った船団に、元魔法兵団の男が息を呑む。
「さて、逃げるよ」
何事もなかったかのようにインティが引き上げてくる。
「面倒くさいのは嫌いなんだ」
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