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「な、何事だぁ! 何があったというんだ!」
深夜に発生した突然の爆音に、行政長官エレンスゲは慌てて自室から飛び出してきた。
「今の音は何があったんだ! 港の方だぞ?!」
急ぎ制服を身に纏いながら事態把握に走り回る警備兵を捕まえる。縦長に開いた獣の瞳から怒りの色が噴出している。
「エ、エレンスゲ長官! どうやら船着き場で大爆発があったようです。現地の警備兵と連絡がつかないので、当直の者が確認に行ってます。暫しお待ちを」
「うるさい、そんなものを待っていられるか! どけ!」
警備兵を押しのけ、エレンスゲが敷地の監視台を登っていく。高さ8メートルを超える監視台からならば、船着き場の様子を窺い知ることができるのだ。
「うお……こ、これは!」
船着き場に広がる一面の火炎。ついさっきまで舳先を並べていたスペルーニャの輸送船団は跡形もなく消え去っていた。
「信じられん! どうしたらこんなことに!」
監視台から駆け下りたエレンスゲは厩舎から愛馬を引っ張り出してこれに飛び乗り、一目散に港へと走った。
「こっちだ! こっちに消火ポンプを回せ!」
「油槽に水を掛け続けろ! 引火したら大変だ!」
「怪我人をすぐに運び出せ!」
到着した港はすでに一面が火の海に飲まれ、警備兵たちが大混乱しながら事態の収拾に当っている。
「くそっ! いつもの小うるさいレジスタンスどもか! 適当にあしらっていたらつけあがりおって……! 輸送船団はどうした? 沖に逃がしたのか」
エレンスゲが近くを通りかかった警備兵を捕まえる。
「いえ、それが」
警備兵が燃え盛る海面を指差す。
「私は少し遠くの配置に着いておりましたが、6隻同時に爆炎の柱に貫かれて『あっという間に』沈没を」
「何だと……」
エレンスゲが言葉を失う。
「6隻同時に沈めるほどの爆炎……真紅の、それも【8】いや【9】か」
固有名称でなくとも【9】クラスのコインは希少で持ち主は限定される。そしてそのほとんどが、スペルーニャの高級将校だ。しかし。
「1枚だけ、1枚だけ『行方知れず』の真紅【9】があると聞いたことがあるな。だが、もしそうだとしても【9】はかなりの貴重品。たかがレジスタンス如きがそう易々と入手できるものではない」
だとすればスペルーニャ内部に謀反を働く者がいるという可能性も捨てきれない。それも高級将校クラスにだ。
「まずいな。スペルーニャ内部に謀反を働く者がいるとなると、ワシの金儲けに邪魔が入る危険がある」
ちらりと横目で見る隣の船着き場には燃えた跡がない。ということはエレンスゲが独自に発送した『別便』は被害を免れた可能性が高い。ならば自身の懐には影響はないかと、心の中でひとつ呼吸を整える。
そして。
「おい、そこの者こっちにこい! いいか、伝報班に伝えてアルテミスを呼び戻すように言え! 呑気に地方巡視なぞしている場合ではない。ただちにドブネズミどもの掃討作戦に打って出る!」
「はっ! すぐに!」
エレンスゲの迫力に圧された警備兵が慌てて駐屯地へと戻っていった。
「ち……あんな癪に障る女の力を借りるのは気が進まんが、少なくとも【9】以上を使える魔導士が敵に混じっているのは間違いない。対してこっちは【9】以上は【10】のワシだけだからな。【JACK】のアルテミスを戻して守りを固めねばならん」
――その頃。
「へ、ヘルメースさん、本当に大丈夫なんですか?」
奈々音はおっかなびっくりヘルメースの後をついてスペルーニャの駐屯地に潜り込んでいた。
「大丈夫ですよ、多分。港が大騒ぎになっているお陰でこっちは完全にお留守ですから。それに元魔法兵団さんのお陰で深緑の【3】が使えるのが大きい。これでこっちの姿は敵に見えません」
ヘルメースが言うには魔法に必要な触媒は本来インディルカ人か、神蒼に限ってアテナ国人の血液しか有効でないという。
「何でインディルカ人の血しか使えないんです?」
そう尋ねる奈々音にヘルメースは「コインは元々『真人類』たるインディルカ人が使うための物ですから」と答えた。
「なので昆人類であるオルアンダ人や、獣人類であるスペルーニャ人の血は触媒に適さないのです。……何故我々のような植人類であるアテナの者の血が神蒼を使えるのは知りませんけどね」
そしてあっさりと辿り着いた『行政長官室』に入ると、ヘルメースは「さあ皆さん。手早く、派手に仕事をしましょう」とにっこり笑ってみせた。
「目的は『裏帳簿』を見つけることです」
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