第五のラッパは鳴らされる

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第五のラッパは鳴らされる

《私は天使が第五のラッパを鳴らすのを聞いた。するとその煙の中から(いなご)が地上に出て来た。それらには権威が与えられた。地の蠍が持つのと同じ権威である》(ヨハネの黙示録9:1-3) ――10。 「伝令ぇ! 前線より戦況報告っ!」  大広間の石床に、どす黒い血の足跡が刻まれる。甲冑も崩れ、息も絶え絶えに。 「戦況はどうなっている?!」  老いた大神官が持つ儀杖が小刻みに震えている。 「て、敵軍の猛進は留まるところを知らず、我軍は一方的に敗走を続けるのみで!」  兵士の叫びに、勝利の望みはひと掬いもなかった。 「ええぃ! スペルーニャ海兵隊はそんなに強いのか?! それとも我がインディルカの魔導士達は腰抜けなのか!」  ドン! と床を突く荒々しい杖の音が虚しく響く。 「スペルーニャの軍はわざと民家の集まる地区を進軍しているため、我が国民に大きな被害の及ぶ強力なが使えません! しかし……」 「スペルーニャ側にしてみれば『他国』の家屋や人命なぞどうでもいい話だからな……」  被害の程度を鑑みれば威力のある反撃は難しい。国王のワカがジリ……と唇を噛んだ。  と、そのとき。 「た、大変です……!」  別の兵士がヨロヨロと広間に滑り込んでくる。 「【JACK】のアマル親衛隊長、戦死! スペルーニャ側の【JACK】、アルテミスによって斬り殺されました!」  広間に『まさか』という動揺が広がる。 「なんだと! アマルが……信じられん。うぬぬ、護りの切札たる【JACK】が倒されるとは」 「まずい、このままでは城がもたん!」  大神官を務めるロカがおたおたする中、ワカは広間に残っていた従者たちに「皆の者はすぐに逃げよ」と静かに告げた。  覚悟は、できていた。  そして自らの首に掛けていた、掌ほどの大きさを持つ深緑色の『コイン』を傍らにいた幼子の首に掛けた。 「インティよ。今からそなたが、この【KING】の所要者だ。それから」  ワカは胸元から別のコインを取り出し、幼子の手を引く女にこれを手渡した。 「チャスカよ。これはかつて我が王妃に託していた【QUEEN】だ。これをそなたに預ける。子守役として、インティをよろしく頼む」  「陛下……っ」  チャスカが言葉に詰まるも。 「早く逃げろ。どっちにしろ、この城は灰燼と化すだろう」  その言葉にチャスカは全てを悟り、「されば御心のままに」と言い残して幼いインティを抱き抱えて走り去った。   「ふむ……」  ワカは誰もいなくなった広間の玉座に独り座り、じっと前を見据える。城全体から敵味方が入り乱れる轟音が聞こえる。石の柱からポロポロと破片が欠け落ちてくる。 「いたぞ!」  スペルーニャの兵士が広間に到達した。各々の手には大型の魔銃、兜の下には爬虫類のように獰猛な牙と顎が。 「ワカ国王殿、これは『要求』です。御国の持つ深緑(エメラーダ)の【KING】と【QUEEN】、それに【ACE】のコインを差し出してもらいましょうか? さもなくば……」  ニヤニヤと嘲笑って鋭い爪の手を差し出す敵将に、ワカは『愚かな獣人類めが』と呟いた。  そして袖口から一枚のコインを取り出す。先ほどインティに手渡したものと同じ深緑のコイン。そこには【ACE】の刻印が。脱出したロカから預かったものだ。 「護るべきを捨てた者の強さと覚悟を教えてやろう」  寂しげに微笑んだワカに迷いはなかった。 「ま、まずい! 【ACE】だ! ここでは近すぎる! 急げ、一旦引けぇ!」  慌てる敵将を前に【ACE】のコインがワカの胸元でフワリと浮かび上がる。 「ぐぉ!」  ワカが腰の短剣を己の腹に突き立てると、吹き出した鮮血が【ACE】の前で渦を巻く。 「深緑の鎧(グラビティ)……【ACE】!」  絞り出すようなワカの詠唱にその両手から光球が生まれ、鮮血を取り込みながら【ACE】を突き抜けエメラルドグリーンの光に姿を変える。  その刹那。  コインから生まれた光が瞬時にして広間全体を埋め尽した。 「……!」  悲鳴を上げる余裕すらなかった。数瞬にして広間に踏み込んだ敵兵は壁や柱もろとも千切れるようにして粉々に砕け、ただの塵に姿を変えた。  広間の高い天井も全て砂塵に変わり果て、遥か上空の曇天が顔を覗かせる。  役目を終えた【ACE】のコインが力なく床に落ち、パリンという高い音を立てて砕け散った。 「むう……ここまで、か」  大量出血でその場に倒れこんだワカの近くにスペルーニャの第二陣がやってくる。 「見ろ、国王のワカだ! さっきの威力は【ACE】に違いない! ならば、まだ【KING】と【QUEEN】は残っているはず! 探せ!」 「……見当たりません!」  兵士が血まみれになったワカの身体を探るが。 「飲み込んだかも知れん! 全身バラバラにしてでも探しだせ!」  スペルーニャ将兵に、敗者への敬意なぞ微塵もなかった。
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