恨み刻んで待つ

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12年前、私が勤務していた学習塾に、写真撮影が趣味の大石(おおいし)という若い男性講師がいた。 私の同期でもあった彼は、共に長い研修を乗り越え、同じ教室に一緒に配属になった、私にとっては戦友の様な人間だ。 とても誠実で真面目な人柄だった大石。 彼は直ぐに、信頼出来る講師として、生徒や保護者達の間で人気者になっていった。 だが、教室長の追立(おいたて)を含む同僚達は、それを良く思っていなかったのである。 何故なら、基本的に学習塾の講師という人間は自己顕示欲が強い者達が殆どだからだ。 笑顔で授業を行うその裏では――『この教室で人気者になりたい』、そんな邪な欲望を抱く大人達ばかりなのである。 そんな塾という世界に於いて、教室長の追立は殊更その傾向が強かった。 自分が教室のトップであるという自負が強過ぎた追立は、自分より下の大石が人気が出るのが許せなかったのだ。 加えて、追立も応募をしていた社内の写真コンテストで、大石の作品の方が優秀賞に選ばれてしまう。 激怒する追立。 こうして、大石の人気を妬んだ追立により、執拗ないじめが始まった。 酷い嫌がらせが続く日々。 それでも大石は文句1つ言わず、仕事をこなし続けた。 が、ある日、珍しく大石が急な有給の申請を申し出て来る。 何でも、実家の母親が急な事故で重体になってしまったらしい。 もう長くはないから、一人息子である大石に戻ってきて欲しいと医師から連絡があったそうだ。 大石の有給の申請を許可する追立。 だが当日になって、追立はわざと断れない様な予定を入れ、大石を帰郷させなかった。 母親の死に目に間に合わなかった大石。 彼の母親は、「息子に会いたかった」と泣いていたそうだ。 それに嘆き悲しむ大石。 そんな彼の目の前で、追立はその様子を嘲笑いながら、母親の形見でもあった大石のカメラを蹴り飛ばしたらしい。 大石が自宅で首を吊って亡くなったのは、その翌日の事だった。 その直後から追立の自宅に毎日ある物が届く様になる。 ある物――それは、大量の写真だった。 朝起きてから就寝するまでの一日の追立の様子――その全てをつぶさに撮影した写真が、毎日ポストに入れられるらしいのだ。 しかも、それらの全てには……追立の背後で鋭利な刃物を構える大石の姿も写り込んでいるらしい。 そうして、その大石と追立との距離が日に日に近付いて来ているのだとか。 最近追立と会った昔の同僚によると、今、大石は追立の直ぐ真後ろにまで迫っていると、追立は話していたらしい。 ――どす黒い(くま)が出来て落ち窪んだ……死者の様な瞳で。
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