<1・たまごひめ。>

1/4
前へ
/15ページ
次へ

<1・たまごひめ。>

 この村では、逞しくなければ生きていけない。  幼い頃にソフィアは学んでいた。なんといっても貧しい村だ。みんな毎日毎日、小さな畑を耕してやっと生活しているわけなのだから。 「ソフィー、すんまねえ!」 「ん?」  鍬を振り上げたところで、ソフィアは顔を上げた。その状態で静止ししても辛くないのは、大柄な体躯に加えて幼い頃から体を鍛え上げているからである。毎日の農作業がもう筋トレと同じだった。ソフィアのように幼くして両親を亡くし、年老いた祖父母しか家にいないのならば尚更に。 「おらの家の卵、どうしても孵らねえのがあんだ。助けてくんねえか」 「あらら」  声をかけてきたのは近くで酪農家を営むワナさんだった。彼女も今年で六十になる。息子夫婦がいるとはえ、毎日牛と鶏の世話をするのは大変なのだろう。  同時に、ソフィアがこうして手伝いを頼まれるのは珍しいことではない。十六歳の少女としてはありえないほど力持ちであるソフィアは、荷物運びに駆り出されることが少なくないからだ。重たい荷車を引いて隣町への坂を上るのはなかなかしんどい。ソフィアの助けを借りたがる人は少なくないのだった。  が、今回はどうやらよくある“もう一つの用件”らしい。彼女が手ぶらだったのですぐにピンときた。  最近流行っているからだ――鳥獣たちにだけ罹患する、やっかいな病気が。 「あっちの子ぉだ」  おばさんがよたよたと鶏小屋の方へ歩いていく。ソフィアが案内されていくと、一話の鶏が小屋の隅の方で蹲っていた。その下には、薄緑色の卵がいくつも大事に抱えられている。 「こっちの小屋にいるのは、次の鳥を育てるための子ぉらだがな。ちゃんと受精してんのに、もう一週間も卵が還らねえんだ」 「い、一週間?こいつら、アンガスチキンだよな?」 「だべ。本来なら、アンガスチキンの卵は一日で孵るはずだってえのに……」  アンガスチキン。薄緑色の卵を産む、自信も緑色の羽根を持った鶏である。年がら年中卵を産んでくれるので有難い存在なのだが、いかんせん寿命が長くないので生まれた卵を全て食用にするわけにもいかないと聞いている。  奥で蹲っている鶏の傍には、もう一羽の鳥が落ち着かなそうにうろうろしていた。多分、卵をあっためている鶏の旦那さんなのだろう。 「よし、わかった」  それを見て、ソフィーはポニーテールの緑髪をさらに短くまとめる。腕まくりをして、一言。 「俺に任せとけ」  おばさんに頷いてみせたのだった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加