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頑張りたいという気持ちに偽りはないようで、授業の間の休み時間も自分の席で黙々と勉強する姿が目に付いた。
ちなみに長岡くんが一生懸命覚えようとしているのは、前の晩に私が指定したいくつかの問題と、それに対する答えである。当初、彼は教科書の一字一句をそのまま覚えようとしていた。それではあまりにも効率が悪いと、私がよくやる方法を教えたのだ。そして夜になると、今度は自習を終えたころを見計らって、どのくらい覚えられたか確認し、また次の範囲を指定する。これが一連のサイクルとなっている。
「日本アルプスを、北から順番に言ってみて」
「えっと、飛騨、木曽、赤石?」
「うん、合ってる」
記憶力は悪くないようで、いつも電話越しに出題する問題の半分ちょっとは正しく答えてくれた。
ただ気になるのは、眠そうな声である。この日も、5分に1度のペースであくびが聞こえてくる。時計を見ると、まだ21時前。今時の中学生にしては、ちょっと早い。
「テスト期間は部活ないんでしょ?」
「うん。だから家の周りを30分走るようにしてる」
「なんで自分で眠くなるようなことしてんの」
「体を動かさないと、気持ち悪くて」
私にはちょっと理解できない。
21時半をまわったときだった。
「じゃあ次、アンモニアの化学式は?」
「……」
10秒ほど待ってみたが、返事はない。
「長岡くん?」
やはり反応がない。通話が切れたわけではなさそうだ。通信の不調かと音量を上げると、「すう」と穏やかな寝息が聞こえてきた。
「おいこら! 寝るな! 長岡くん!」
携帯に向かって呼びかけるが、起きる様子はない。何度も続けているうちに、部屋の扉が勢いよく開かれた。驚いて振り返ると、目を吊り上げた姉が立っていた。
「うるさい! イチャイチャするな!」
イチャイチャは、してない。
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