1

3/3
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
 そういう経緯があって、13歳まで慎ましく生きてきた私に、この日、最大の試練が立ちはだかった。  1日の最後の授業、場所は音楽室。最初に名前を呼ばれた男子生徒が立ち上がり、緊張した面持ちで前に出る。心臓の音まで聞こえてきそうなその雰囲気に、私の手にも汗がにじんだ。  若い女性の音楽教師が、合唱曲の伴奏を弾き始める。  行われているのは歌のテストである。1年生だった昨年はこんなもの無かったのに、今年赴任してきた彼女の意向で、ひとりひとりクラスの前で歌うという非人道的な形式で行われることになった。  前奏が終わったところで、ピアノの音が消える。入れ替わりで音楽室に響くのは、声変わり途中の不安定な歌声。恐ろしいことに、テストは無伴奏なのだ。  告知されたのは1週間前で、私は家族と共に様々な案を練った。しかし、当日休んだところで翌週以降歌わされるだけなので、最終的には転校するしか逃げる術はなかった。 「気の毒に……」  母や姉は、大恥を晒すことになる私よりも、歌声を聴かされる同級生たちのことを慮った。  こうなったら、薄情な肉親たちに目にもの見せてやる。  そもそも、音痴だと言われたのは発声器官がまだ未発達だったころの話で、歯だって生え変わる途中だった。永久歯の揃った今なら、人並みに歌うことだってできるかもしれない。 「次、杉野さん」  名前を呼ばれた私は、そんな思いを胸に立ち上がった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!