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「なあ、頼むよ」
「嫌なものは嫌」
雨音が響く長い廊下を、横並びで歩く。雨の日は野球部の活動は屋内での自主トレになるらしく、梅雨に入ってからというもの、毎日のように放課後つきまとわれている。
期末試験までは、残り2週間ほどとなっていた。
「なんで嫌なんだ?」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ。私にとっては、『裸の写真を撮らせろ』って言われてるのと同じなの。そんなの、許されると思う?」
「大袈裟な……いいじゃん、一度みんなの前で歌ってるんだし。他の人には絶対聴かせないから」
「そんなの当たり前! それに、何かの拍子に再生されたり、ネットに流出しちゃうかもしれないじゃない。そんな音声がこの世に存在するだけで、生きた心地がしないの」
そう捲し立てると、流石の長岡くんも言葉を詰まらせた。
「だいたい、なんで急に勉強頑張る気になったわけ?」
普段の様子を見る限り、お世辞にも、偏差値の高い高校をめざしているとは思えない。
「それを言うと、ちょっとずるくなっちゃうんだよなぁ……」
「何それ、こんなにしつこく頼んでくるのに、大事なところは教えてくれないんだ」
聞いてどうこうというつもりはないが、もったいぶられると余計に知りたくなるのが人情というものだ。
「そういわれるとなあ」
長岡くんは困ったように唸っていたが、やがて意を決したように「分かったよ」と口を開いた。
「俺の母さん、少し前から入院してるんだ。癌が見つかって」
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