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「ねぇ、歌ってよ」海に沈みそうな橙色の落陽に目を細めながら、僕は彼女にお願いした。
「君はさ、なんで私の歌が好きなの?」
僕らは互いの名前を呼ばない。どうしてか僕は、彼女の心に近づくと、彼女がどこかへ行ってしまうような気がしていた。だから僕は彼女の名前を呼べなかった。
「小さい頃の記憶の中にある母の歌声に似てるんだ」瓶を口に運ぶ。「母の記憶はこの歌声だけ」
楓歌はへぇ、と相槌を打ち、「お母さん、どんな方なの?」と続けた。
僕の中にある母の記憶といえば、その歌声だけだった。なぜなら、僕が生まれて二歳の頃に自殺したからだ。
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