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復帰してからは時間にも少し余裕ができ、年に二、三度僕を連れて島に帰っていたという。その際には、教祖や幹部ら、親戚などに会いに行っていたらしい。
僕が生まれて2年が経ったある日、キフカ会はあの放火大量殺人事件を起こした。母はその教団の出身ともあり、ファンや同業者、あらゆる人から誹謗中傷を受けた。たちまちテレビに出られなくなり、ライブも出来なくなった。そんな母を見限り、プロデューサーは彼女との縁を切った。
そんな壮絶な人生の下、母は遂に鬱になり、自身の住むマンションのベランダから転落し死亡した。
「という話を義父と義母がしてるのを小6の時に聞いちゃってさ」今初めて他人に言ったよ、と短く笑う。
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