この海に破戒の歌声を

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 僕が住んでいるこの樫美島(かしみじま)では、歌が禁忌とされている。彼女とは、そんな島の浜辺沿いにある小屋で出会った。立入禁止の施設の傍らにあるみすぼらしい小屋である。  六月中旬の土砂降りの日の放課後、僕は図書室で本を借りた後、いつものように小屋へ向かった。立入禁止のロープを跨ぎ、入口に「キフカ(かい)」と書かれた白塗りの三階建ての施設を横切る。  その時、傘に当たる雨音とさざ波の音の隙間を滑らかに通る歌声が聴こえた。それはまるで幼い頃に耳にした母の歌声のようだった。  歌声を頼りに進むと、いつもの小屋に辿り着いた。扉を二回ノックするが、返事はない。  ドアを開けると、奥の方に制服をまとったポニーテールの少女が椅子に座りながら、目を細め気持ちよく歌っていた。
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