この海に破戒の歌声を

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 一刻の沈黙が流れる。 コーラを一口飲み、さざ波が物憂げに揺れ、トビが遠く鳴いた。  そこで、楓歌は重苦しく口を開いた。「⋯⋯山代紅葉さん、私好きだよ」  彼女は母のことを知っていた。というのも、静岡に住んでいた頃、よく昔の歌番組を観ていたらしい。 「紅葉さんの『時空(とき)彼方(かなた)へ』って曲が好きなんだよね」そう言って、楓歌は『時空の彼方へ』のサビらしき部分の鼻歌をしてみせた。 「だめだよ、こんな野外で鼻歌なんか歌ったら」 「さっき歌ってって私にお願いしたのは誰?」楓歌はこちらを一瞥して笑った。「あぁー、この海を見ながら大声で歌えたらなぁ」  潮風の匂いが鼻を突く。すっかり日の落ちた水平線は、何とも居心地が悪そうに波打っていた。
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