この海に破戒の歌声を

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「『歌』って文字が入ってるもんね」 「うん、結構気に入ってるの、この名前。親が遺してくれた唯一のプレゼントだから。……だから、この名前に負けないような歌手になってやる」  楓歌はガッツポーズをとり、僕もそれを真似た。  辺りはすっかり暗くなっていた。ベンチの脇に咲いていたニッコウキスゲが俯いている。朝方に開花し、夕方にはしぼんでしまう何とも儚い花だ。  花を見る僕に気づいた楓歌は、物寂しげにこう呟いた。「彼女は幸せだったのかな」  彼女とは何を指しているのか、僕は訊かなかった。 「帰ろっか」  空になった瓶の蓋を閉め、ベンチに二つ並べて立てた。深紫の空に大小の星が瞬き、それが瓶の背景に映る。まるで金平糖を詰めたかのように、その瓶は魅力的に見えた。
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