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新宿二丁目の出会いバー『グレシア』に通いつめるのは俺、――宇賀神 遥・二十五歳――の日課だった。
遥なんて女みてぇな名前がコンプレックスな上に、親の跡を継ぐために入らせられた医大も嫌気がさして中退してやったら、両親は激怒して俺に勘当を言い渡した。
だが、それも俺にとっちゃありがたい話だった。
俺は思春期に差し掛かった頃には自身がゲイであることを自覚し、親にどう話せばと悩んでいたところに勘当だ――こんな願ったり叶ったりな話はない。
適当に就職活動もせずにフラフラとバイトを転々としていて、今はゲームソフトショップのバイトで何とか食いつないでいる状態。
しかし、自分で言うのも何だが、俺は見てくれだけはいいようで(中身こんなんだが)声を掛けてくる男はホテル代を全額出して、羽振りの良い奴は小遣いまでくれるから、贅沢しなければまぁまぁの暮らしをしているといえるだろう。
(あー、でも流石に定職には就かねぇとやべぇかな)
ジントニックを煽りながら、いつもの定位置のカウンター席に座って思考を飛ばしていると、隣りに一人の男が座って、「お前、空いてる?」と声を掛けてきた。
顔を見れば仏頂面なのが気になるが、その面差しは見惚れるほど精悍で、どこか自信に満ち溢れている。
「アンタが今晩相手してくれんの?」
「お前が空いてるなら相手になる」
「交渉成立。じゃあホテルにでもしけ込みますか」
ここで、いつもの男なら馴れ馴れしく肩を組んできたり、思わせぶりに腰を寄せてきたりするんだが、目の前の男はそういったスキンシップには一切興味がないようだ。
(ま、ベタベタされんより、ヤるだけやって満たしてくれりゃあ十分だからチョロい相手だな)
「ホテルにでもしけ込むんだろ? ボヤボヤするな」
(あ? 主導権そっち? 何か腹立つ相手だな。確かに俺はネコだが、抱かれるにしても主導権渡すつもりはねぇぞ。まぁ、金は持ってそうな身なりだから性欲発散のために役立ってくれりゃあいいか。ついでに小遣いくれたら最高だけど)
「アンタ、名前は?」
「京馬。三十九。お前は若そうだな」
「俺は遥。二十五。女みたいな名前だとか突っ込んだらぶん殴るぞ」
「別に。聞かれたから答えただけ」
(随分素っ気ねぇ対応だな。こんな奴と抱き合うのか……ダリー。せめて変な性癖は持ってねぇだろうな、マジで。そういうの勘弁だから)
とはいえ、ありあまる性欲を解消出来れば相手が誰だって構わねぇし、一晩付き合ってもらって水道光熱費浮かせられりゃあ何でもいいか。
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