歌う花

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山肌はなめらかだ。樹木は生えておらず、青々とした草地がふもとまで続いている。決して標高は高くないが、登るには骨が折れる山の中腹に、花が咲き乱れる草原があった。 草原の小道を、一人の女がゆるりと歩いている。小道は細かく枝分かれしながら草原の隅々まで行きわたっている。まるで全身をめぐる血管のように。 女は小道をくまなく歩いていく。草原にはたくさんの花が咲いていて、女は花の一つ一つに注意を傾けている。時にはしゃがんでじっと花に寄り添う。これが私の仕事だから、と女は言った。 山のふもとには駅がある。滅多に下車するものはいない。しかし下車する人は必ず大きな荷物を持っている。今日も1人。大きなスーツケースを引きずって、男が山に登ってきた。 草原の小道からその姿を認めた女は、日頃寝泊まりしている山小屋に降りて行った。山小屋はちょうど山の中腹。花園の一番下手に位置している。高原などに建てられた小さなホテルのようにも見えるが、客を泊めることはない。 女がちょうど山小屋に帰り着いた時、男も山小屋の門をくぐっていた。 「いらっしゃいませ」
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