火と歌

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火と歌

「さてさてみなさんこんばんは! 火曜日が始まりましたねー!」  指で弦をはじくと、ぴゅんと音が転がり落ちた。  音符の転がった先には長机があり、マイクとカメラが置いてある。その奥の大きなモニターにはアニメチックに描かれた女の子が映っていた。  彼女は白い着物に紺色の半纏(はんてん)を羽織り、頭にはねじり鉢巻きを巻いていた。半纏には色とりどりの花の模様が描かれている。  私がデザインしたアバターだ。 「あ、チャンジャさんこんばんはー。え、ずっと思ってたことがある? 火曜日あと二時間しかないじゃんって? あはは、やっとツッコんでくれた! 待ってたんですよー」  私の笑い声が壁に貼り付けられたクッション材に吸い込まれる。パイプ椅子がひとつ軋んだ。  明るい部屋の真ん中に座っている私を除くとここには誰もいない。私のためだけに用意された防音室なのだから当然だ。  そんな特別扱い、絶望でしかないけれど。 「わんこインさんこんばんは。実家の子猫の調子はどう? あ、NAHAさんこんばんはー。北海道はまだ寒そうですよねえ。あれ、近視性遠視さんはじめましてかも? トーカっていいます。よろしくお願いします」  普段より少しだけテンションを上げて私は話し続ける。この部屋には私一人でも、私は独りじゃなかった。  私が笑うと、モニターの中のトーカも笑う。  トーカは胸の前にアコースティックギターを抱えている。ここだけは私の手元にあるものとまったく同じものだ。  アバターの映し出されている放送画面の右側にはコメント欄が置かれていた。  視聴者の入力したコメントがそのまま時系列順に映し出され、それに応えることで会話もすることができる。  今はコメントのほとんどが『こんばんは』か『おじゃまします』だ。
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