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過と花
「調子はどう? 河東さん」
毎日訊かれるこの問いに私はなんと答えたらいいかいつも迷う。
特に苦しいところや痛いところはないが、一般的には最悪の部類だろうし。
「いつも通りです」
「それが一番よね」
一番ではない、とは思いながらも他愛ないセリフの端っこに難癖をつけるほど元気でもなかった。
私が黙って体温計を差し出すと、羽住さんはそれを受け取り「うん、問題ないね」とうなずく。記録用紙に体温を書き込み『羽住奈々』とサインした。
なんだか今日はやけにひとつひとつの言葉が引っかかる。少し気が立っているのかもしれない。
問題があるから、私はここにいるんだろうに。
「退院延びちゃったの残念だったね」
オーバーテーブルに置かれた夕飯の食器を片付けながら羽住さんは愛想なく話す。
この人の「ほんとにそう思ってます?」と訊きたくなるほど感情のこもらない口調が私はけっこう好きだった。変にかわいそうなんて思われたらたまったもんじゃない。
「ほんとですよ。家で誕生日パーティーの予定だったのに」
「あれ、夏生まれ?」
「春ですよ。四月で十七歳。でも入院中だったから。てか羽住さん四月にケーキくれましたよね」
「そうだったっけ」
羽住さんは首をかしげる。彼女は昔からどこか掴みどころがない。
十歳で心臓に病を患い、彼女とはもう七年の付き合いになる。
家より病院にいるほうが長いほど入退院を繰り返し学校にもろくに通えていない私にとって、羽住さんはただの看護師ではなく家族や教師のような存在だ。
私の病気は難治性らしく、いまだ治療法は見つかっていない。研究を進めているとは耳にしたが結果は聞こえてこなかった。
だからきっとこれからも同じような生活が続いていくんだろう。
今さら別に何とも思わない。すでに飲み込んだものだ。
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