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とぼけるように笑った羽住さんに感謝しつつ『ここってパソコン繋がりますか。あとマイクとかあれば借りたいです』と追い討ちをかけたのがその一週間後。
『火曜日だけ消灯時間伸ばしてほしいんですけども』ととどめを刺したのがさらに一週間後のことだった。
感情をあまり表に出さない彼女の顔が曇りはじめ、院長からの伝言が『もうムリ』になったのでそれ以上はやめておいた。十分すぎるくらいだ。
同時に、きっと私の病気が完治することはないのだと悟った。
この先長い病院生活を強いられることがわかっているから、病院側もここまで私の我儘を聞いてくれるのだろう。最悪だ。
「おかげでこの子が生まれたんだけどね」
SNSのプロフィール画面に表示されたアイコンを見る。円形に切り取られたトーカは今日も笑顔だ。
一年前、動画投稿サイトに『トーカの歌チャンネル』を開設した。
ただ歌うだけじゃ意味がない。誰もいない場所で花火を打ち上げたいわけじゃなかった。
歌って、沸かせたいんだ。
オリジナル曲の歌唱を中心に、時折カバー曲を交えたチャンネルは順調にフォロワー数を伸ばした。素人が始めたにしてはうまくいっているほうだと自負している。
「あれ?」
プロフィール画面を眺めているとダイレクトメッセージが届いていることに気づいた。
差出人は同じ音楽動画界隈のアカウントだ。私よりもずいぶん前に始めているベテランで、直接関わったことはまだなかった。
何だろうと思いながらメッセージを開く。
『トーカちゃん、最近調子のってない?』
初めの一文を目にして、私は息を呑んだ。
唐突な隠す気のない攻撃性に理解が追いつかない。
メッセージは続いている。吞みこんだ息を吐きだせないまま私はそれを目でなぞる。
『聞いたよ、ライブやるんだって? トーカ単独ライブだっけ。よくそんなこと言えるねえ。僕には無理だな。ここではもっと謙虚でいたほうがいいよ』
寒い。延々と続く心ない言葉が雨となって私の体温を奪っていく。
ここまでむき出しの悪意に触れたことがなかった。身体全体が揺れるほど鼓動が速くなる。
『てかちゃんと学校行ってる? 学生だったよね? 平日の昼間もSNSで見かけるけど。大事だよ学校は。いろんなこと勉強しなきゃ。あ、もしかして音楽一本で食ってく気なのかな。いい夢だねw』
無意識に自分の喉に手をやっていた。
息ができない。息がしたい。気持ち悪い。落ち着いて。息をしなきゃ。
考えれば考えるほど空気を吐きだせなくなって、震える指でナースコールを押し込んだ。
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