シイラーン

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「先生! ペデルセン先生!」  約半月間の王立歌劇場での公演を終え、次の都市へ旅立つ前に、1日だけ貴重な休日(オフ)をもらった。 「本日は、どちらへ? お供させてください!」  現地プロモーター(興行主)が手配してくれた通訳兼護衛の若い男性は、宿泊先のホテルまで押しかけてきて、頼んでもいないのに朝食の席を共にした。国際線の搭乗ゲートを潜るまでは、僕のプライベートな時間にまで密着するらしい。 「王立博物館を訪ねようと思うのだが」 「分かりました。ご案内させていただきます!」  赤毛の青年、ブリュル君は、人懐っこい笑顔を見せた。僕が外出の支度をしていた僅かな間に、博物館のチケットから車の手配まで完璧に用意していた。恐らく、彼の掌のスマートフォンの中には、気の利いた昼食が楽しめるレストランの情報もリストアップされているに違いない。 「先生が、こういった施設に関心があるとは、意外でした」  王立博物館に着くと、ブリュル君は受付で音声ガイドの入ったスマートフォンを借りてくれた。僕はこの国の言語もある程度読めるから、展示品の横の解説文も理解できる。音声ガイドの解説は必要ないが、これを聞いている振りをすれば、ブリュル君のお喋りを封じることが出来そうだ。胸の内でほくそ笑みつつ、僕は左耳にイヤホンを付けた。  10歳の初冬にシイラーンに遭遇し発熱したあと、僕は奇跡の声になっていた。狂いのない正確な音程と、豊かな声量、そして驚異的な音域――美しいボーイソプラノを手に入れていた。噂を聞きつけて、国内外のいくつかの音楽学校から有名な先生達が会いに来た。僕の進路は、僕の意思を離れ、家族や村人達の期待で決められていった。一般に変声期が終わる15歳を迎えても、僕の声帯は高音を奏でた。声変わりどころか、以前よりもふくよかで力強い高音は女性のソプラノに匹敵し、一方で、男性の高音域テノールも歌えた。17歳で、僕は両性の高音域が歌える「奇跡の声」ともてはやされ、声楽のコンテストでも名だたる賞を総なめにした。19歳の秋には、国王主催の音楽祭で特別にアリアを披露する機会を与えられ、世界最難曲のひとつと言われるモーツァルトの『魔笛』の第二幕『夜の女王のアリア』を歌い上げた。スタンディングオベーションは15分も鳴りやまず、僕の声楽家としての将来が約束された瞬間だった。
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