ロカさんの息子

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ロカさんの息子

 今度の介護施設は家庭的な雰囲気だ。  ひとりは意識がない。まだ若いが。  若すぎる。息子と同じ年の男性だ。17歳の夏から眠り続けている。20年以上も。  自殺に失敗したのだ。首を吊ったのだが、発見されてしまった。まさか、こうなるとは思いもしなかっただろう。  部屋に入る。  ベッド周りには家族の写真が飾ってある。父親は……ロカさんだ。眠り続ける男は、徳冨有一……ロカさんの息子。   父親は亡くなった。以前働いていた施設で。  ロカさんは若き日に半年だけ付き合っていた…… あだ名は蘆花(ロカ)。  3か月前、娘がビデオデッキを取り付けてくれた。ようやく観ることができる。ロカさんの遺品に貰ってきた、ふたりで観た思い出の映画。  テープは……映画ではないようだ。    映ったのは……ロカさん? 若い頃の高校生くらいのあの人?   いや、違う。その頃にはビデオはまだなかったはず。それではこの子は?  「おとうさん、ごめんなさい。おばあちゃんのところへ行きます。  体育館で記事について責められ逃げ場がなくなった。助けてくれと叫んでも助けてくれるものはいなかった。死ねばみんなが喜んでくれるだろう」  短い……すぐに終わった。  なに、これ? これは……遺書?     コーヒーを淹れてきた美月(みづき)が、ケースを確認した。折った古びたチラシが入っていた。   『新聞部の徳冨有一君は学校批判の記事を載せようとしたところ、先生に咎められた……苦にして自殺を図った。命は取り留めたが意識は戻らない。学校側に責任が……』  ロカさんの息子は父親が危篤の時にも会いに来なかった。  来られなかったのだ。  美月が携帯を見せた。この娘は行動が早い。 19××/9/3 自宅で、K高校のY・Tくん(高2・16)が自殺未遂。 6/8 Yくんは、学校批判の新聞記事を掲載しようとして、担任教師や新聞部の先輩に見つかり、集団リンチを受けた。大けがをし、11日間の入院。それ以降、登校していなかった。 学校側は、リンチなどの暴力沙汰を否定。   「おにいちゃんと同じ高校よ。1学年下」  ︎    寛之(ひろゆき)は子供の頃から恵まれていた。家庭にも才能にも。  だが、ひとりっ子だった。父の跡を継がねばならない。好きな脚本家の道も諦めた。  好きな女も諦めた。アパートに住む高卒の女。反対されるのはわかっていた。  見合い結婚した。申し分のない相手だと母は喜んだ。敷地内に家を建て一男一女に恵まれた。しかし、父が亡くなると、妻と母の折り合いが悪くなっていった。  互いに行き来をしなくなった。自分も同じ敷地内に住みながら、母とは滅多に顔を合わせなくなった。自分が悪かったのだ。母の孤独に気がついてやれなかった。  冬の朝、母は首を吊って亡くなっていた。息子が見つけた。夢に現れたという。中学1年生の息子は祖母に物置の縄を取ってくるよう頼まれた……  息子は教師になりたいと言っていた。真面目だった。残酷だった。自分の用意した縄で祖母は首を吊ったのだ。息子は物音に怯え、それでも長男として葬儀の席では気丈にしていた。  優しかった息子は自分を責めた。かわいがってくれた祖母を自殺に追い込んだことを。妻はいたたまれなくなり出て行った。子供たちはついてはいかなかった。  息子は高校に進学し新聞部に入っていた。正義感が強かった。  駐輪場で恐喝されたが、金を出さず殴られた。大柄な先輩が助けてくれた。それからは、その先輩と親しく話すようになった。  高校2年の6月、息子になにが起きたのか?  息子は制服のまま帰って来るなり倒れた。全身打撲。息子は大勢に囲まれ、やられた、と話した。駐輪場の恐喝者か? 詳しくは話さない。イジメか? いじめられるような性格ではないと思っていた。友人もいたはずだ。  学校では思い当たる節がないと言う。  2学期が始まる明け方、息子は首を吊った。祖母の跡を追うように。同じ場所で。  発見が早かったが、意識のない容態が続いた。  見舞いに来た生徒はひとりだけだった。恐喝されていたのを助けてくれた優しい少年だった。続けて見舞いに来てくれ、寛之はつい、愚痴をこぼした。 「学校が原因なんだ」  つい口を滑らした。進学校の闇。  友人は息子の自殺未遂の日を忘れないと言ってくれ、言葉通り毎年息子に会いに来てくれた。寛之も待つようになった。  息子は眠り続けた。  寛之も年を取った。体に自信もなくなってきた。息子より長生きはできまい。心残りだ。  会社は同業者に譲り、家も売った。    アパートに移った。銭湯に通った。 「竹の湯に行ってたの?」  誰だったか?   頭が混濁している。息子よ、おまえはどうしている? まだ眠り続けているのか?   もういい。とうさんと一緒に、行こう。おばあちゃんのところへ。  もう1度会いたかった。あの娘とやり直せたら……  あの娘、ああ、あの少年に、あの青年に似ていたな。        (了)  
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