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メッセージ
カーテンで光を遮られた会議室には、二人の男がいる。四角い男はパソコンを凝視し、細い男は窓に背を預けている。
「うへえ。自分が死ぬ瞬間を千人に見られるって、嫌っすね。しかも怪奇現象でしょ? 全身から血を吹くなんて。警部も驚いてたっすよ。まるで、大量の見えないナイフでめった刺しにされたようだって」
四角い男は顔を顰める。パソコンは、件の生放送のアーカイブを垂れ流している。
「この、ケントって男も、災難っすね。話を聞いているかんじ、いいやつそうなのに。妹を気にかけたり、クラスの女の子を護ったり」
「そうだな。そいつが女を護る度に、奇妙なことが起きているな。そいつに近づく女は許さないといわんばかりだ。こいつが女に厳しい性格だったら、怪現象は起きなかったかもしれない」
「……嫌な性格してるっすね、あんたは」
四角い男はアーカイブの同接数カウンターを確認する。最後の「台詞リクエスト」で数字の伸びが加速し、1000ピッタリで止まった。
「視聴者数がピッタリ千人になった瞬間に……っすか。皮肉っすね」
「皮肉じゃない。そうなることを、そいつは分かっていたんだ。どういう事情かは知らんが、分かっていても配信は止められなかったんだろう。配信しなかったら殺すとでも、幽霊に言われたのかもな。同接数が増えていくのを見ながら、これ以上伸びないでくれと、切なく祈りながら配信していたんだろう」
四角い男はバッと、細い男に体を向ける。
「どういうことっすか」
「どうもこうもない。配信の中で、そいつ自身が言ってるじゃないか」
「ますます分かんないっす。あんたの、その、勿体ぶる癖は止めるっす!」
四角い男は地団駄を踏む。細い男は溜息をつく。
「お前の頭が乏しいだけだろう……最初に言ってるじゃないか。『咳払いの次の言葉だけ聞いてくれ』と」
「聞き苦しい咳払いは無視しろってことっすよね」
「それならそう言うだろう。わざわざ『次の言葉だけ』なんて強調する必要はない。もう一度、放送の内容を見返して、『咳払いの次に発した言葉』を書いてみろ」
「もう見たくないっすよ……」
四角い男は、しぶしぶと肩を落とし、パソコンに向き直る。
静寂の空間に、故人の最期の配信が、虚しく鳴っている。
「……書いたっす」
四角い男は、角張った字の羅列を凝視する。
『おっとごめん』
『バカ』
『ケーキ』
『いた』
『ルリちゃん』
『セック……』
『んんー』
『キンヤさん』
『ただ』
『ラッキー』
『これは』
『廊下』
『砂金』
『レモン』
『ルル』
四角い男は頭をかきむしる。
「……別に、物騒な言葉なんてないっすよ」
「その頭文字、最初から読んでみな」
答えにたどり着けない四角い男は、先に正解を知った細い男に従順になる。四角い男は、己の書いた直線的な文字をカタコトで読み上げる。
叡智を得た男の顔は次第に青白くなってく。細い男は、その様子を息を殺して見守っていた。
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