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図書館にいる虹平を見つけて目の前に座った。外はもう5㎝くらいは雪が積もっている。
「虹平、もう外が暗くなってきたし、雪も積もってるよ。早く帰ろうよ」
なにをそんなに調べているのだろう、と思ってのぞきこもうとしたら、厚い本をパンっと閉じて立ち上がった。
2人で傘を開く。手袋をはめようとして上手くはめられなくて落としてしまった。
「手、出してみ」
虹平の前に左手を出す。手袋をはめてくれて先に歩き出した。
「明日のこの時間空いてる? 」
白い息が雪に溶け込んでいく。さっき見ていた本と関係あるのかな、と思いながら私は言う。
「大丈夫だよ。明日も一緒に帰れるよね」
虹平が振り返って近づいて来る。
「もう、ずーっと一緒に帰っても良い」
うわぁ、サラッと私が願っていること言った。
翌日、降り積もった雪を踏みしめつつ虹平の後ろに続いた。少しづつ市の郊外へ。
「ねぇ何処に行くの」
「お寺。みんなが待っているから。みんなって言っても最高5人。岬希って結構、古い歌を知っているから、一緒に歌えば喜ぶよ」
いきなり何の話だ? 私はようやく行く場所を教えてもらった身。それなのに、いきなり一緒に古い歌を歌う? みんなって誰、お寺の人たち? 疑問をブツブツ口にしながら、虹平の背中を見つめて石段を上る。
「滑らないように気をつけろよ」
「ねぇ、誰に聴かせるの? お寺と虹平ってどういう関係? 」
石段を上りきった私に虹平が言う。
「このお寺に家の墓があって。この前、ばあちゃんが好きだった歌を、母さんと歌ったんだ。そしたら、墓石にばあちゃん映って、みんなにも聴かせてって。俺がさっき読んでいたの昔の歌が載っている本なんだ」
レパートリーを増やしたい。みんなに喜んでもらいたいらしい。
「さっき、言ってくれたらよかったじゃん」
「きちんと説明するなら寺だと思って。住職さんがみんなを呼んでくれている時もある」
呼んでくれていない時は、おばあさんに呼びかけて集合をかけてもらうと言った。
「あの虹平、私の頭が理解力ないのか話についていけないんだけど」
そもそも歌を歌ったら、おばあさんが出て来たって、夢の話のようなんだけれど。
「だろうね、だから岬希に来てもらって、自分の目で確かめてほしくて」
そうさせてもらおう。この目で見れば百聞は一見に如かず? って事と似ているかな。
「こんにちはー虹平です」
「虹平君こんにちは。御飯は? 」
「まだです。こっちは友人の岬希です」
住職の奥様に御挨拶。みんなで御飯時間になった。この後いったいどうなるの?
「そろそろ雪やんだかな」
住職が虹平に訊く。立ち上がって縁側に行って、カーテンの端から外をのぞく。
「まだ降ってる。パラパラ」
御飯を終えたら住職が、虹平に笑顔で裏口を指さした。廊下を小走りして本堂の方に行って、帰って来たら1人じゃなかった。
「ばあちゃん、悦世さん、栄造さん、ヨノさん、こちらは俺の友人の岬希さんです。歌が上手なので連れて来ました」
虹平の言葉に、栄造さんがニコニコして言う。
「虹平、彼女じゃないのか」
「まだかな、今は友人」
悦世さんもニコニコして言う。
「すぐに彼女になるよ。仲良さそうだし」
私はただ笑みを浮かべていた。「そーですね。そのうちには彼女にしてもらいたいです」って言えたら良かったけれど。
「今夜は雪が降っているから、雪の歌が良いかなあ。お名前なんて言ったっけ」
ヨノさんに訊かれて、岬希ですと教える。
「何か、私たちも歌える歌ってある? 」
虹平のおばあちゃんに訊かれて、天井を見ていたら懐かしい歌を思い出した。この歌には雪も犬も猫も出てくる。
「虹平も歌ってよ、一緒に」
「オッケー。じゃあ2人で歌います」
虹平と私たちが歌い始めると、集って来た皆さんと住職夫妻も参加して大合唱。歌うって久しぶりに気持ち良かった。
「いやあ、みんなで歌うと楽しいねえ。もう1曲何かないかあ」
虹平の祖母が言った。
そうだ、雪の降る街を書いた曲があるはずだ。スマホで流すと栄造さんが鼻歌を始めた。
「栄造さん歌ってみてもらえますか? とりあえず1番を」
虹平と私は、つっかえつつも歌えるようになった。気になったのは、栄造さんが涙ぐんでいた事。きっとこの歌で思い出した事があるのだろう。
「楽しかったわ。岬希ちゃんお歌がお上手ねえ」
ヨノさんに褒められてしまった。
「いえいえ、そんなことは。ありがとうございます。言っていただけて嬉しい
です」
住職が提案を口にした。
「皆さん、いつかお寺で町の皆様の前で歌ってみてはいかがでしょうか」
ノーの声をあげたのはヨノさん。
「住職さん、私は虹平君と岬希ちゃんと歌えるだけで幸せなの。住職さんの気持ちも理解出来るけれどね」
「住職、ワシも十分だよ。町の人はきっと面白半分だろうよ。申し訳ないねえ」
「私たちが裏で歌えば? せっかく歌が大好きだもの。表は虹平君と岬希ちゃん。裏で私たち。素敵でしょう? 」
悦世さんの言葉に、反対していた栄造さんたちも拍手で名案だと口にした。
いや、待って。虹平とデュエット? でも面白いかも。
私たちが石段を下りる時、寺の裏手から歌が聴こえてきた。みんな楽しかったんだね。私も楽しかった。今度、一緒に歌えるのはいつだろう。
(了)
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