お寺合唱団・冬

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 図書館にいる虹平(こうへい)を見つけて目の前に座った。外はもう5㎝くらいは雪が積もっている。 「虹平、もう外が暗くなってきたし、雪も積もってるよ。早く帰ろうよ」  なにをそんなに調べているのだろう、と思ってのぞきこもうとしたら、厚い本をパンっと閉じて立ち上がった。  2人で傘を開く。手袋をはめようとして上手くはめられなくて落としてしまった。 「手、出してみ」  虹平の前に左手を出す。手袋をはめてくれて先に歩き出した。 「明日のこの時間空いてる? 」  白い息が雪に溶け込んでいく。さっき見ていた本と関係あるのかな、と思いながら私は言う。 「大丈夫だよ。明日も一緒に帰れるよね」  虹平が振り返って近づいて来る。 「もう、ずーっと一緒に帰っても良い」  うわぁ、サラッと私が願っていること言った。  翌日、降り積もった雪を踏みしめつつ虹平の後ろに続いた。少しづつ市の郊外へ。 「ねぇ何処に行くの」 「お寺。みんなが待っているから。みんなって言っても最高5人。岬希って結構、古い歌を知っているから、一緒に歌えば喜ぶよ」  いきなり何の話だ? 私はようやく行く場所を教えてもらった身。それなのに、いきなり一緒に古い歌を歌う? みんなって誰、お寺の人たち? 疑問をブツブツ口にしながら、虹平の背中を見つめて石段を上る。 「滑らないように気をつけろよ」 「ねぇ、誰に聴かせるの? お寺と虹平ってどういう関係? 」  石段を上りきった私に虹平が言う。 「このお寺に家の墓があって。この前、ばあちゃんが好きだった歌を、母さんと歌ったんだ。そしたら、墓石にばあちゃん映って、みんなにも聴かせてって。俺がさっき読んでいたの昔の歌が載っている本なんだ」  レパートリーを増やしたい。みんなに喜んでもらいたいらしい。 「さっき、言ってくれたらよかったじゃん」 「きちんと説明するなら寺だと思って。住職さんがみんなを呼んでくれている時もある」  呼んでくれていない時は、おばあさんに呼びかけて集合をかけてもらうと言った。 「あの虹平、私の頭が理解力ないのか話についていけないんだけど」  そもそも歌を歌ったら、おばあさんが出て来たって、夢の話のようなんだけれど。 「だろうね、だから岬希に来てもらって、自分の目で確かめてほしくて」  そうさせてもらおう。この目で見れば百聞は一見に如かず? って事と似ているかな。 「こんにちはー虹平です」 「虹平君こんにちは。御飯は? 」 「まだです。こっちは友人の岬希です」  住職の奥様に御挨拶。みんなで御飯時間になった。この後いったいどうなるの? 「そろそろ雪やんだかな」  住職が虹平に訊く。立ち上がって縁側に行って、カーテンの端から外をのぞく。 「まだ降ってる。パラパラ」  御飯を終えたら住職が、虹平に笑顔で裏口を指さした。廊下を小走りして本堂の方に行って、帰って来たら1人じゃなかった。 「ばあちゃん、悦世さん、栄造さん、ヨノさん、こちらは俺の友人の岬希さんです。歌が上手なので連れて来ました」  虹平の言葉に、栄造さんがニコニコして言う。 「虹平、彼女じゃないのか」 「まだかな、今は友人」  悦世さんもニコニコして言う。 「すぐに彼女になるよ。仲良さそうだし」  私はただ笑みを浮かべていた。「そーですね。そのうちには彼女にしてもらいたいです」って言えたら良かったけれど。 「今夜は雪が降っているから、雪の歌が良いかなあ。お名前なんて言ったっけ」  ヨノさんに訊かれて、岬希ですと教える。 「何か、私たちも歌える歌ってある? 」  虹平のおばあちゃんに訊かれて、天井を見ていたら懐かしい歌を思い出した。この歌には雪も犬も猫も出てくる。 「虹平も歌ってよ、一緒に」 「オッケー。じゃあ2人で歌います」  虹平と私たちが歌い始めると、集って来た皆さんと住職夫妻も参加して大合唱。歌うって久しぶりに気持ち良かった。 「いやあ、みんなで歌うと楽しいねえ。もう1曲何かないかあ」  虹平の祖母が言った。  そうだ、雪の降る街を書いた曲があるはずだ。スマホで流すと栄造さんが鼻歌を始めた。 「栄造さん歌ってみてもらえますか? とりあえず1番を」  虹平と私は、つっかえつつも歌えるようになった。気になったのは、栄造さんが涙ぐんでいた事。きっとこの歌で思い出した事があるのだろう。 「楽しかったわ。岬希ちゃんお歌がお上手ねえ」  ヨノさんに褒められてしまった。 「いえいえ、そんなことは。ありがとうございます。言っていただけて嬉しい です」  住職が提案を口にした。 「皆さん、いつかお寺で町の皆様の前で歌ってみてはいかがでしょうか」  ノーの声をあげたのはヨノさん。 「住職さん、私は虹平君と岬希ちゃんと歌えるだけで幸せなの。住職さんの気持ちも理解出来るけれどね」 「住職、ワシも十分だよ。町の人はきっと面白半分だろうよ。申し訳ないねえ」 「私たちが裏で歌えば? せっかく歌が大好きだもの。表は虹平君と岬希ちゃん。裏で私たち。素敵でしょう? 」  悦世さんの言葉に、反対していた栄造さんたちも拍手で名案だと口にした。  いや、待って。虹平とデュエット? でも面白いかも。  私たちが石段を下りる時、寺の裏手から歌が聴こえてきた。みんな楽しかったんだね。私も楽しかった。今度、一緒に歌えるのはいつだろう。             (了)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!