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「何を言ってるんだい。この土地の歌じゃないよ、あれは。お前が勝手に歌ってた歌じゃないか」
と年老いた母に訂正されたのは、久しぶりに実家に帰省した時だった。
「私が勝手に歌ってた、って……?」
「ほら、あの山で迷子になった時さ。そこから戻ってきた頃から……」
窓から見える裏山を指し示しながら、母は私に説明する。
「……よく口ずさむようになったからねえ。迷ってた最中に、何か見るか聞くかしたんだろうさ」
山で迷子。
言われるまですっかり忘れていたけれど、そういえば小さい頃、そんな出来事があったような気もする。
私がよく覚えていないというだけでなく、母の気軽な口ぶりから考えても、大騒ぎするほどの「迷子」ではなかったはず。ほんの短い時間、私の姿が見えなくなった……という程度に違いない。
「ああ、そうだったっけ」
軽く相槌を打ちながら、母が指さす方へ改めて目を向ければ、小高い丘のような緑の山が視界に入る。
うちの土地ではないが、おそらく親戚あるいは近所の知り合いの山だろう。私が足を踏み入れても特に咎められる心配はなく、だから小さい頃も何度かあそこで遊んでいたのかもしれない。
そんな幼少期がふと懐かしくなり、さらに「もう一度行けば『迷子』の件も思い出すのではないか」とも考えて……。
問題の山まで行ってみることにした。
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