濡烏

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 頭の中で会話をしていると思われているが、その女性は確かにそこにいる。なぜなら美咲の知らないことを彼女は教えてくれるのだ。  学校に行けず勉強についていけなくなっていた。だがお姉さんが丁寧に教えてくれるから、勉強が一気にできるようになった。想像の友達が、自分より学力が高いなどありえない。それくらい美咲にもわかる。  折り紙だってお姉さんが手伝ってくれてるから、あっという間にたくさんの数ができてる。一人でやるにはとても終わらないような数だ。 「どうして折り紙を黒くしたの」 「だってこれカラスだもん」 「どうしてカラスにしたの?」  お姉さんは悲しそうに微笑んでいる。美咲は直感でわかる、たぶんお姉さんは答えを知ってる。でもそれを美咲の口から言わせようとしている。 「……千羽鶴は病気が治るように願いを込めるものなんでしょう」 「そうね」 「美咲、治らないの知ってるよ。心臓の手術は日本じゃできないってこと」 「そうだね」  治るには心臓の移植をするしかないが、海外でその手術を受けるには億単位の金がかかる。両親がそんな金を用意しているとは思えない。 「カラスはね、死体に集まるんだって」  窓の外を見ればいつものカラスが手すりに止まっていた。餌をあげたわけでもないのにあのカラスは必ずここに来る。 「きっと、美咲がもうすぐ死んじゃうのあのカラスはわかってるんだ。美咲が死ぬのを待ってるの」  だからカラスを折る。カラスを千羽折ったらきっと。 「折り終わったらね、きっと私はここから出られるよ。人造人間みたいな機械とかつけなくて済むし。腕が針の穴の跡だらけにもならない」  千羽鶴は病が治ることを願って折られる。美咲が望んだのは、治ることではない。ここから出て自由になることだ。 「いつ死んじゃってもおかしくないんだってコソコソ噂してる。でも美咲はまだ死なないの。だからカラスを折れば美咲の願いがきっと叶う」  早く、自由になれますように。一枚一枚丁寧に、願いを込めて追っている。  早く、天国に行けますように。  将来なりたいものとか、やりたいこととか、食べたいものとか。そんなものに憧れを抱くのはとっくの昔にやめた。  毎日毎日同じことの繰り返しで、誰も会いに来ることのない一分一秒過ごすのがどれだけ苦しいか。影でこそこそと美咲のことを憐れむ発言をする看護師たちに心を開くことなどできない。絶対的な孤独だ。ここには誰もいない、何もない。
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