濡烏

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「私は今も生きてる。でも、結局移植をしないと解決しない。発作も時々ある、いつ死んでもおかしくない。だからこそ」  再び目に溜まっていた涙を美咲は手で拭った。 「私は物事を後回しにはしたくない。明日には生きていないかもしれないから。やりたいと思った事は今やりたい」 「うん」 「シナリオが甘いんだったら、違う展開にすればいいし。私の雰囲気が怖くないんだったらミステリアスな役に変えればいい。せっかく良くするためのアドバイスをたくさんもらったんだから、やらないなんて選択はないでしょ」 「美咲……」  美咲は次の映画も撮ろうと言っているのだ。今や動画配信などで誰でもエンタメを作れる時代になった。競争率が激しくありきたりなストーリーや、どこかで見たような展開はあっという間に埋もれてしまう。 「作品の雰囲気はハラハラするというより、薄暗くて重めに。セリフの間の取り方を変えてみよう。それなら私もきっと自分らしい演技ができると思う。今のを聞いて、思いついたインスピレーションのままシナリオを書いてみて」 「そっか。うん、わかった」  どうしたらウケの良い話ができるかと悩んでいた彼に、あなたがやりたいのはそうじゃないだろうと伝えたかった。その気持ちが彼にも通じたようだ。  カア、と外からの鳴き声がした。見ればカラスが一羽止まっている。ガラス越しに美咲はじっと見つめる。そしてしばらく見つめ合った後カラスはどこかに飛んでいった。  カラスの寿命は他の鳥に比べてかなり長い。二、三十年ほど生きると言われているので、あの時のカラスである可能性は高い。カラスは記憶力がいいのだから。 「群れで生きてるから、安心してくれたのかもね」 「うん」  生きることに貪欲なカラス。仲間思いで、キレイ好きで。つぶらな瞳なので実は結構可愛い顔をしている。よく見ればちゃんと見える。顔も、物事も、心理も、いろいろなものが。 「映画、今の話がいいな」 「私の話?」 「そう。少し脚色はするけど。だめかな」  美咲は首を振る。自分の生きている証が映像として残る、こんなに嬉しいことはない。 「ありがとう、お願いね」 「ああ。タイトルは『濡烏』だ」 「うん」 私はこれからも、カラスとして生きる。 誰かに寄りそう、助けられる者になりたい。 黒は不吉な色なんかじゃない。生きている色。 私がここにいるという証の色だから。 たとえみんなから嫌われても、理解されなくてもいい。 記憶に残る、そんな存在に。 真っ黒なカラスになる。
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