歌姫とギャング

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武装した男たちが部屋に踏み込んだ次の瞬間、弾かれたように成人した男の身体が宙を舞った。ふっとばされた部下は壁に廊下の壁に叩きつけられ、水っぽい音を立てて床に落ちた。 視線を集めた扉の向こう側には、不自然な白い壁が立ちふさがっていた。 グルル、と唸る白い壁は太い腕を振り上げると、驚いて固まる男たちを襲った。黒い鉤爪の付いた腕は容赦なく人間の脆い身体を吹き飛ばした。 「く、クマだ!」と叫ぶ誰かの悲鳴が廊下に響いた。 呆気に取られている人間たちの前に、ズイと進み出たのは白い毛並みの巨大な熊だ。その巨体は世界最大の肉食獣という称号がよく似合っていた。 こんなものを連れ込んでいるなんて報告にはなかったはずだ… 廊下に出たホッキョクグマは人のように二本の足で立って、高い位置から人間たちを睨みつけた。 想定外の獣の登場に、統率されていたはずの兵隊の足並みが乱れた。猛獣の咆哮に怯えて、手にしていた銃の存在さえ忘れている始末だ。 俺のはさっき全弾撃ち切った。弾込めする時間も惜しい。 「馬鹿野郎!よこせ!」 白い凶悪な獣から逃げようとする部下から銃をひったくった。 迫りくる白い悪魔は、狂ったように人間を一人ずつ叩き潰して噛み砕いている。 奴の回りはまるでハリケーンの通った後だ…拳銃(こんなもん)でどうこうなるようには思えなかった。 熊の額を狙って銃を撃ったが、熊の額は少し傷ついただけで滑った弾はあらぬ方向に飛んでいった。 立て続けに放った弾丸も熊の巨体に致命傷を与えることは出来なかった。せいぜい奴の怒りを逆撫でする役割しかない。 弾を吐ききった銃を捨てて死体から新しい銃を拾ったが、死はもう眼の前に迫っていた。 白い毛並みには赤が良く映えて迫る獣の臭いに吐き気がした… 白い腕が上がる。黒い肉球のその先にある極太の黒い爪は死神の鎌のように見えた。 死を前にして身体を固くしたが、振り上げられていた腕は不意に響いた男の声で止まった。 「ウルス、やりすぎだ…」 若い男の声に、白熊は赤く染まった口元をくちゃくちゃと舐め回しながら数歩下がると、武器を納めるように四つ足に戻った。 「息子がすまないね。初めてのラスベガスで少しばかり羽目を外してしまったみたいだ」と笑う男は俺がぐちゃぐちゃにして床に転がっていたはずだ… 「カポ。着替えが必要です」と白熊が人の言葉を発した。 それは空耳ではなかったようで、カポ・オルカも白熊の言葉に頷いた。 「全くだ。やっぱりショットガンは好きになれないな…スマートじゃない。 あぁ…でも、俺を撃つ武器としては悪くない選択だ」 そう言って俺に向けられた視線は冷たく鋭かった。 「なかなか刺激的な招待だったよ。だが、ベガスの流儀はシシリアンの価値観とは合わないらしい。やはり友情は価値観の合う人間でなければ成立しないな」 死刑宣告のように淡々と話すカポ・オルカの形が歪んだ。その姿は陸には不似合いな海の殺し屋の姿をしていた。 鋭い歯の並んだ赤いギロチンが眼前に迫った。 「残念だ…本当に、残念だ」と最後に響いた男の声に苦い感情で頷いた…
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