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歌姫とギャング
車の窓の外、忙しなく煌めく虚飾のネオンが下品に瞬いている。
美しくない…美しくないが、それが妙に心地よかった。
俺も美しくないから、この街にはよく馴染む…
「ボス・オルカ。部屋の用意ができたそうです」という部下の報告に、意識は窓の外の景色から引き戻された。
改造されたトレーラーの荷台はちょっとしたスウィートルームのような贅沢な仕様だ。屋根も高く、リムジンより居心地がいい。
彼女のために用意した移動手段だが、思いのほか気に入っていた。
「ホテルへ」と短い指示をすると、窓の景色がゆっくりと動き出した。その振動に応じるように、重く揺れた水がどぷんと鳴いた。
揺れに反応して、母の胎を思わせる水槽の中で彼女は目を覚ました。
「…オルカ?」
水槽から顔を出した彼女は鈴のような声で俺を呼んだ。
それは人間にとって麻薬のような声だ…
その声は、一度耳にすれば最後、身を滅ぼす危険な音色を含んでいた。
「まだ着いてないよ。もう少しでホテルに着くから、それまで外でも見るかい?」
「見る…外、キラキラしてる…」と、彼女は星の瞬くような藍色の瞳を窓に向けた。彼女は初めて見る景色に興味津々だ。
「そうだね。用意するから少し待って」
彼女専用の車椅子を用意して、水槽に横づけた。
彼女は腕だけで水槽から身を乗り出すと、俺の腕を借りて、特別仕様の車椅子に乗り込んだ。腰より下が隠れる仕様の車椅子に彼女を固定して、外がよく見える窓の傍に彼女を移動させた。
外の景色に夢中になっている彼女は濡れた手をガラスに押し付けて静かにため息を吐いた。
「すごい…きっと、この街には夜は来ないのね」
そう呟いた彼女はこの眠らない街を気に入っているようだった。
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