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✩.*˚
全く、面倒な仕事が増えたもんだ…
煙草をふかしながら目の前に並んだモニターを見上げた。
モニター室の椅子は硬い。
あんまり居心地よかったら見張りが居眠りしちまうからだろう。よくできてるよ、ほんと…
仕事も世界もそうやって回るもんらしい。
煌びやかな異世界はいつだってモニターの向こう側だ。
俺たちはせいぜいただの関係者で、輝かしい当事者じゃない。
ただ、この夜だけはその立場で良かったと心から思った…
《彼女》を連れて戻って来た悪党の親玉は、ステージに上がる歌姫を紹介した。
『彼女はある難病を抱えていてね、脚が悪いんだ。座ったままで失礼するよ』
カポ・オルカの話す傍らで、花嫁みたいなベールの下から《彼女》の微笑む気配があった。
一言も発さない《彼女》に違和感を覚えた。
こんなんで客の前で歌えるのか?
『彼女はラスベガスのステージで歌うのが夢だったんだ。まだ緊張しているみたいだ』
そんな言葉で誤魔化して、カポ・オルカは車椅子の女をスポットライトの下にエスコートした。
彼らは顔を寄せて仲良さげに言葉を交わしているようだった。
「支配人、オーナーは了解しているんですか?」
「了解どころか、『俺の客だ、好きにさせろ。絶対に探るな。絶対に逆らうな』ってよ」
「あのオーナーが?」と、信じられない様子で部下がモニターから外した視線を俺に向けた。
この砂漠の街で成功してる奴にまともな人間には居ない。
オーナーもその枠を外れず、笑顔で握手しながら銃の引き金を引くような男だ。肉汁の滴るステーキを切りながら死体の処理方法を指示するような悪党だ。
そのオーナーが《カポ・オルカ》の名前を聞いた時は緊張したような印象を受けた。
全く、何だってんだ?
モニター越しに面倒くさい客を睨んだ。
あまりいい感情は無いが、俺達はサービス業だ。どんな悪党でもご満足してお帰り願おう…
気持ちを切り替えようと新しい煙草を口に運んだタイミングで携帯が鳴った。
ダース・ベイダーのテーマソングでかかってくる相手は一人だ…
さすがに《ゴッドファーザー》じゃ洒落になんねぇが、このくらいの遊びなら許されるだろう。おっかない男にはこのメロディがお似合いだ。
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