歌姫とギャング

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電話越しなのに佇まいを直して電話に出た。 「よぉ。お客さんの様子はどうだ?」 受話器からしゃがれた老人の声を再現する電子音が低く響いた。 「オーナーの指示通り、お客様はおもてなししますよ。 本日限りの特別講演って触れ込みで、カジノの客の一部をそっちに回してます。お客様にはご満足頂いていますよ」 万事上手くいっている事を伝えると、頑固そうな老人は満足したようだ。 全くもってオーナーの腹の中は分からなかった。 本当にただの客なのだろうか? ちょっとした好奇心が俺に無駄口を叩かせた。 「オーナー。一つ確認していいですか?」 「何だ?」 「あの《カポ・オルカ》って本物っすか?」 その質問の答えは返ってこなかった。 マズい沈黙の後に乾いた老人の声が返ってきた。それは答えではなく、ため息と質問だ。 「知ってどうするんだ、ニック坊?お前はもうちょっと賢いと思ってたんだがな…」 「し…失礼しました、オーナー…」 「まぁ、お前が言いたいことは分かる。 カポ・オルカの伝説は半世紀をゆうに超えるからな…あんな若造がって思うんだろう?」 老人の声を代弁する電子音は、その心情まで再現するように正確だ。その声は強がるような響きがあった。 「お前もウチに長く務める気なら覚えときな… この世の中にはな、本物の怪物(モンスター)が存在するんだぜ。だから弱い人間には神様が必要なんだ」 「…オーナー?」 「いいか、小僧。親父からの警告だ。 目を瞑って神様にお祈りしな…テメェは何も見なかった…神様がお前のアリバイを証明して、悪魔もお前を見逃すだろうよ」 オーナーらしくない、気色悪い警告は不気味な響きがあった。 何がなんだかわからんが、かかわらないほうが良さそうだ… 「分かりました、オーナー。お祈りの時間なら仕方ないっすね」 「いい子だな、小僧…後で小遣いくれてやる」 電話越しのオーナーの声は少し柔らかくなっていた。 オーナーは最後に一つ指示を付け加えた。 「お前は器用なガキだ。上手くやれ」 それは酷く分かりにくい指示だ。 とりあえず、お祈りをするのに気が散るモニターを一つ消した。
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