歌姫とギャング

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✩.*˚ 大勝負だ。俺の人生を賭けた一番の博打だった… 《あれ》を手に入れるにはどうしても取り除かねばならない障害がある。失敗すればすべてを失うが、成功すればそれに見合った見返りを頂戴できる。 今、その障害は俺の用意した《親切》に油断していたはずだ。 液晶画面を指先で操作して、特定の番号に電話をかけた。 「ゲストを」と伝えると、電話の向こう側で人の動く気配がして、しばしの間を空けて若い男の声がした。 その悪魔の正体を知る俺には、爽やかな男の声は薄気味悪く響いた。 「ありがとう、《兄弟》。君の用意してくれたステージに彼女も満足だ。 君の分の特等席は残しているよ。もうすぐ公演時間だが、君はいつ到着するんだい?」と、相手は俺の想定していたシナリオ通りの言葉を口にした。 「あぁ、俺も今そちらに向かっているところだ。もう着くと思うがね。 その窓から見えるんじゃないかな?」 俺の言葉は不自然に震えていなかっただろうか? ここで悟られたが面倒になるが、彼はその芝居には気づかなかったようだ。 電話の向こう側で靴音と布の擦れる動作音が聞こえた。 手のひらに汗が滲む。膝に抱えたモニター越しに、スーツ姿の若い男が画角に納まるのを確認できた。 海原の王者が、猛獣を屠る罠に自ら足を踏み入れた… 天啓にも等しい僥倖に胸が高鳴った。相手に悟られぬように、こっそりと部下に合図を出した。 「君に会うのが楽しみだよ。なんせ、三十年ぶりだ…」 電話越しに感慨深そうに男の声がした。それは老人のようなセリフだったが、容姿も声も若い彼にはそれは不似合いだった。 カポ・オルカの懐かしむ《昔》は、まだ俺の髪が豊かで色を含んでいた頃の話だ。 離れていた時間が長すぎて会話はすぐ途切れた。 気まずくなるはずの沈黙は電話の向こうの轟音にかき消された。 受話器の向こうの音声は途切れ、轟音に驚いた耳を抑えながら小型のモニターを確認した。 途切れた電話が再度鳴った。 先程の電話番号とは違う番号だったが知らないものではない。むしろ待っていた電話に、迷わず応答した。 「旦那、満足かい?」と訊ねる声には外を感じる夜の音が混ざっていた。 モニターの向こうの惨状を確認して、彼の働きに「満足だ」と伝えた。 依頼を完了させた狙撃手は俺の返事に報酬を確信して電話を切った。 良い腕だった。彼の仕事の報酬を振り込んで、カポ・オルカだった男の死体を確認するために席を立った。
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