歌姫とギャング

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✩.*˚ 身体が欠損する感覚… あの日、ボロ切れのように海に落ちた日を思い出す… 痛覚とはまた違う…なんだろうな?ただ一つはっきり言えるのは不快だ… 言葉にしがたい奇妙な感覚を覚えるのは、俺が人間とは少し違う生き物に変わってしまったからだろう。 冷たくなっていた欠損箇所に熱が戻ると、ぶち撒けた肉片も血も脳みそもすべてがあるべき場所に戻っていた。 聴覚と視覚が鮮明になると共に、室内の様子が分かってきた。 自分の周りに飛び散った血と砕け散った窓のガラスがぼんやりと見える。部屋は悲鳴や怒号、椅子や机の倒れる音で溢れていた。 「カポ・オルカ、聞こえますか?」 聴力を取り戻した俺の耳に部下の声が届いた。 上顎より上を吹き飛ばさたようで、まだ麻痺した頭では言葉がでてこなかった。それでも視線が動いたことで部下は聞こえていると判断したようだ。 彼は自分の電話を差し出して「車からです」と短く伝えた。 「オルカだ」と空気を押し出すとかすれた声が漏れた。相手にはそれでも聞き取れたようだ。 「カポ、この車捨てていいっすか?」受話器の向こうから聞こえてきたのは軽い口調の若い男の声だ。 「現状は?」 「ちょっとまずいっすね。ウチの戦車はチンピラの銃弾程度なら多少ぶち込まれても問題ないですが、流石に権力とやり合うのは面倒くさいっす」 「お気に入りなんだが…」彼女を連れて出るには必要な車だ。できる限り手放したく無いというのが本音だ。 「俺、パクられちゃいますって」という声にドンドン、と激しいノックの音が響いた。 「あーあ、仕方ないなぁ…ちゃんと迎えお願いしますよ」と軽口を叩いて電話が切れた。車はしばらく警察か…面倒だな… 「弁護士に電話します」 「いや、それよりすることが出来た…」 ようやく頭の復元が終わったのを確認して自分の足で立ち上がった。 どうやら俺は友人から騙され裏切られたマヌケらしい。随分舐められたものだ… 売られた喧嘩は買うのが我々のマナーだ。 冷静さを取り戻そうとしていた観客(ギャラリー)は、頭の吹き飛んだ死人が立ち上がったことに驚いてさらなる恐慌に陥った。 アメリカ人はゾンビが好きだと聞いたのだが、現実はそうでもなさそうだ… カラカラと車輪の回る音がして、舞台にいたはずの彼女が眼の前に来た。彼女はせっかくの舞台を台無しにされて悲しそうな顔をしていた。 「ごめん」と謝ると彼女はさみしげに頷いた。 「…歌いたかったの」と鈴のように不思議な響きを含んだ声は悲しげだ。 「この街なら…大きな声で歌えると思ったのに…」 それだけを楽しみに、彼女はこの街に来たのだから、それはがっかりしたことだろう。彼女を人間の欲に巻き込んでしまうのは可哀想だ。 「いいよ、歌って」と伝えて、彼女の車椅子を押した。スロープを登って、彼女は舞台の上に戻った。 「テルクシエペイア。君はただ歌っただけだ。これから起きることは君のせいではないよ…」 彼女が歌うのは本能だから… のどが渇いたり、お腹が空いたりするのと何ら変わらない… そうしなければ、歌わなければ、彼女は生きていけないのだ。 一人きりになっても、彼女は神話の古い時代から変わらない。 その歌声が人間にとって麻薬のような毒性があったとしても、それは彼女には関係のないことだ。 「君の歌声は最高だよ」という俺の世辞に、彼女は美しく微笑んでくれた。
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