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両耳を痛そうに抑えながら冷たく言い放ったオコルドは、盛大なため息をつきました。
そのため息は海の中では潮の流れのような強さをもっており、エナイの顔に突風のように流れかかり、エナイは少し後ろに流されてしまうほどでした。
「不合格です」
オコルドから言い放たれた言葉に、エナイは息を飲みました。
人魚にとって、歌のテストに不合格となるということは、死を意味します。
何故なら、女性の人魚として生まれたものは人間を狩るために、綺麗な歌を歌えるようにならなければならないからです。
そうして海に出てきた人間を眠らせ、海に落とし、食べるのです。
そう、人魚にとって、人肉は必要な栄養なのです。
勿論海藻も食べられる人魚ですが、豊富な栄養である人肉を食べられなければ、生きていけません。
だから、歌えない人魚は人魚として不出来と決定された場合、出来のいい人魚に転生するために泡となることを余儀なくされるのです。
不出来の人魚は、貝殻に閉じ込められ、そこで王女の滅ぶ歌を聞かされ泡となり消えます。
そうして泡となった人魚は、数年の時を経て新しい人魚へと別の貝殻の中から生まれる。
だから、歌えない人魚は泡となってしまうのです。
その対象に自分がなるとは思わなかったエナイは、閉じ込められた貝殻の中でシクシクと泣きました。
泣いている内に、歌が聞こえてきました。
王女の滅びの歌です。
「嫌だよ、私まだ歌いたいよ……」
エナイは、音痴ではありますが、歌は大好きでした。
だから、もっとたくさん歌っていたかったのです。
だから、泡になることは嫌でした。
けれど貝殻に閉じ込められてしまった以上、もう逃げられません。
「どうせ最後なら」
エナイは息を吸い込み、お腹を、喉を、目いっぱい震わせて歌いました。
王女の滅びの歌をかき消すように、最後の歌を必死に歌いました。
そうして歌い終わって、静かな時が訪れた時、エナイは気づきます。
泡にならない、と。
どうやらエナイの歌は音痴なだけで、何かしらの力があるようでした。
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