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2. 課題曲
和音がただの新入部員でないと分かってから、3日が経った。
「ひまちゃん、部活行こう」
放課後、廊下で和音が柔らかく笑いかけてきた。
「今日、文化祭の課題曲が発表されるね」
「あ、うん」
「なんだろ、楽しみだなぁ」
友達の軽やかな足取りとは裏腹に、わたしの気持ちは晴れなかった。真新しいスクールバッグが左肩にずしりと食い込んだ。
練習場である和室の壁に、部員が学校から借りて使用している箏が立て掛けられている。
こないだ和音によって応急処置された箏も、正規の修理を受けて和楽器屋さんから戻ってきていた。
あれは2年生の真坂先輩の箏だった。
糸が伸びたせいで琴柱がずれると言って、無理に直そうとしたのがいけなかった。糸がぷつんと切れて先輩がわーわー喚いていたとき、和音が救世主のように現れて、手際良く直してみせた。
後から話を聞くと、高校受験を終えたタイミングで箏の教室に少し通っていたと教えてくれた。
かっこいい。うらやましい。いいなぁ。
いろんな思いが渦巻いた。
練習前ミーティングが始まった。
伊東部長が軽く咳払いして、7月の文化祭で披露する課題曲を発表した。
「3年生2人は『光のしづく』、2年生4人は『水の断章』と『海きらら』。それから――」
胸が高鳴る。それが一瞬で、しゅんとしおれた。
「佐野ひまりさんは『さくらさくら』と『うさぎ』、村上和音さんは『春よ、来い』です。何か質問はありますか」
「あの、一ついいですか」
手を挙げて発言したのは和音だった。
「どうしてわたしたちは別々なんですか。ひまりさんなら、『さくらさくら』以上に難しくても弾きこなせると思います」
「あ、いや、それは……」
伊東部長は明らかに困った顔を見せた。
「やっぱり、それぞれの良さを活かした選曲をね……」
「和音、いいから」
わたしはつい語気強めに言ってしまった。
「先輩はレベルが違うって配慮してくれてるの。わたし、分かってるから」
「だって」
「本当に、いいから。和音は黙ってて」
和音は不服そうな顔のまま口をつぐんだ。
課題曲が決まって、部員はそれぞれの練習を開始した。
文化祭まであと2か月。
和音とわたしの差なんて、言われなくても分かっていた。
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