5. 和音

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5. 和音

「あれぇ、みんなは?」 間の抜けた声が聞こえた。 それぞれの委員会を終えた和音と伊東部長が、和室に入ってきた。 2人を見て力が抜けたわたしは、へなへなと畳に座り込んでしまった。 「先輩たちは……帰りました」 「帰った!?」 「和音、ごめん……わたしのせいで……箏が……」 震える両手で真坂先輩のハサミを差し出す。 2人がそれを見る。先に箏の異常に気付いたのは伊東部長だった。 「何なの、この糸――何があったの?」 わたしは昨日のことから順を追って話した。 嫉妬心から和音の私物を隠してしまったこと。 それが先輩たちの悪口に繋がってしまったこと。 真坂先輩のハサミから箏を守れなかったこと。 和音は大きな瞳でわたしをじっと見たまま、何も言わず聞いていた。 それから、普段のほわほわした姿からは想像できない低い声で呟いた。 「ばかみたい」 「と、とりあえず顧問に報告しなきゃね」 伊東部長が焦っているのが分かった。早口になっている。 「その箏も修理に出さなきゃ――」 「ちょっと待ってください」 和音は静かに怒っていた。 箏をそうっと畳に寝かせると、わたしにハサミを要求した。 どうするのと聞くと、見ててと答えるだけだった。 そうして唐突に、傷ついて伸びた絃をじょきんと切った。 「村上さん!?」「和音!?」 慌てる伊東部長とわたしをよそに、和音は黙々と糸の補修作業を始めた。 「ねぇ、本当に箏の初心者なの? 違うよね?」 頭が追い付かないわたしに、和音は「ああ、そうだった」と笑いかけた。 「ひまちゃん、ごめんね。受験後からお箏の教室に通ってたって話、嘘なんだ」 「え?」 「本当は9歳からお箏を習ってた。それで師範(しはん)のご縁で、職人さんから絃の応急処置を直接教えてもらったことがあるんだ。それから……全国コンクールで受賞もしてる」 「え!?」 今度は伊東部長が変な声を出した。 「全国? わたしったら、村上さんに普通の1年生用の課題曲を……」 「経歴は隠してたので仕方ないですよ、部長」 それより、と和音はわざとらしくため息をついた。 「わたしがになるように、二重奏の『春よ、来い』を与えたんでしょう? に指図されて、断り切れなかったんでしょう?」 伊東部長は深々と頭を下げた。 「ごめんなさい。わたし、弱かった」 「わたしも」 原因をつくったのはわたしだ。許されなくても、後悔し続けたい。 「別にいいです。それより、今はこの子の方が大事です」 和音は糸を1本失った箏を愛おしそうになでた。 「傷付いた糸は戻らないんです。だから今からこの糸を、張り直します」 「あの、お願いなんだけど」 心の中で何かが揺れ動いた。声が自然と出た。 「それ、わたしにも、教えてくれないかな」
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