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6. 絃の名前
和音は「好きにすれば」と言った。
その上で「あくまで応急処置だから」と念押しされた。
「安易にいじるとコンディションがさらに悪くなったり、硬い糸でケガしたりするの。本来は顧問や部長に伝えて、速やかに和楽器店に修理を依頼すること。いい?」
「わかった。約束する」
わたしはドキドキしながら返事した。
和音はケガ防止のグローブをはめると、手際よく糸玉を箏の裏穴から取り出した。
先の切れた古い糸をほどいて外す。代わりに演奏面の末端部分「龍尾」から新しい糸を伸ばして手繰ると、しっかりと糸玉に括り付けた。
「ここからが難しいのよね」
龍尾の逆側「龍頭」の表面に糸を走らせると、再び龍尾側に向けて強く引っ張る。
引っ張らないと緩む、引っ張りすぎると切れるというデリケートな糸に対し、和音は糸締め棒(わたしには麺棒に見えた)を使って絶妙な加減を施した。琴柱を立て、前後の音階と併せて調律していく。
一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、斗、為、巾。
ドレミファソラシドではない、箏独特の絃の名前。
和音はハサミによって傷つけられた「巾」の糸を見事復活させた。
「ねぇ、どうして『斗為巾』って言うか知ってる?」
ふいに和音がわたしに問いかけてきた。
口を開く前に、伊東部長が呪文のような言葉を口にする。
「仁、智、礼、義、信」
「……何ですか、それ」
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