32人が本棚に入れています
本棚に追加
「お待たせしました。それでは歌っていただきましょう。松田雅美さんで、聖者の行進」
バンドが軽快にイントロを奏でる中、母が舞台に駆け上がる。すると群衆からワッと弾けるような歓声が上がった。
力強い声で母が歌い始めると、一斉に手拍子が始まる。会場が総立ちになり、手を打ち鳴らし、体でリズムを取る。拳を突き上げて喜ぶ若者がいる。腹の底から響くソウルフルな歌声に、バンドもノリノリだ。
「隆史君のお母さん、めっちゃカッコいい!」
「そやろ!」
負けじと声を張り上げる。
名残惜しそうに赤いドレスを見つめた母は、今もアイドルになる夢を、胸の奥に秘めているのかも知れなかった。
それならそれで、俺は応援するだけだ。
会場のボルテージが最高潮に達したとき、母の腹の上で、牙をむいた百獣の王が「ガオーッ」と吠えた気がした。
了
最初のコメントを投稿しよう!