いざ、せつ子街に!

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 商店街が直角に交わる所に、特設会場が設置されていた。並べられたパイプ椅子は既にお年寄りで埋まり、その後ろを中年以下の人々が取り囲んでいる。  光江さんと筒井さんは俺たちに会うと「いよいよやな」と興奮気味に言い、群衆の中に割り込んでいった。押された人は一瞬嫌な顔をしたが、光江さんを見て、曖昧に微笑んで道を開けた。 『聖者の行進』が死者の霊を送る歌だと知ったところで、そんな小さなことを光江さんが気にするとは思わない。あの晩、俺は自分と妹に、そう言い聞かせたのだった。  気持ちのよい風が、アーケードを吹き抜けていった。父はコロッケと缶ビールで、すでにご満悦の様子だ。俺と妹は抹茶ソフトを舐めながら、フェスの開始を待っていた。人々の顔は晴れやかで、なんだか俺までウキウキとした気分になっていた。 「うぃっす」という声に振り向くと、関口だった。その後ろにクラスメイトの男子が数人たむろしている。瞬く間に、口の中が干乾びていった。  まさか、皆で俺の母を笑いにきたのか? という疑惑は、唐突に始まったアナウンスで氷解した。 「それでは、緑が丘中学、吹奏楽部の演奏で開幕です!」  商店街に、ファンファーレが高らかに鳴り響いた。一体どこで待機していたのか、制服姿の部員たちがずらりと舞台の前に整列する。その中に、フルートを持った堀川さんの姿があった。 「応援や。クラスメイトやし、当然やろ」  聞かれもしないのにそう言うと、関口は赤くなった顔を背けた。  息のあった演奏が始まる中、俺はパンフレットを見もしなかったことを激しく後悔していた。定まっていたはずの心は千々に乱れ、体がカッと熱くなり、すぐにでもその場から撤退したくなった。  だが毎日練習を重ねてきた母の姿を思い浮かべると、恥ずかしいと思った自分が卑怯者に思えた。逃げるなんて、男の矜持が許さない。  吹奏楽部の次は、サックスのカルテッドが登場した。プロ顔負けの演奏に会場が沸く。関口たちも「おっ、やるな」と顔を見合わせた。その後も、登場する演者のクオリティは高く、それぞれに聴きごたえがあった。
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