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「曲も決めてん。ゴーマーチーニンってやつ。有名やし、知ってるやろ?」
もしかして、『聖者の行進』のことだろうか。
「だから、ノープロブレム」
妙な巻き舌で言い、「応援、頼んまっせ」と上目遣いで菜箸を突き付けた。反抗する気力を奪う目つきだった。
「それに聖子ちゃんも、ジャズ歌ってるしな」
謎の一言を残し、はよお風呂入ってきなさい、と俺に命令する。その丸っこい後姿からは、誰が何と言おうと私はやるで、という強い気迫が溢れ出していた。
何か言わねばと思うのに、言葉が出てこなかった。商店街には、友達の家族がやってる店も多い。呆然と見開いた俺の目の前で、様々なシーンが立ち現れては消えてゆく。
知ってるか? 隆史の母さん、商店街のフェスに出るんやで。面白いから、行ってみようや。
隆史君のお母さんって、あのお弁当屋さんの? 大柄というか、ちょっと太ってはる?
商店街のジャズフェス? 何それ、ださ!
何かが崩れ去る音を聞いた。それは、ちょっとクールで通っている俺の評判だった。
「お兄ちゃん」
いつの間にか薄暗い廊下の先に、三つ年下の妹が突っ立っていた。真っ黒に日焼けした顔に、白目だけが宇宙人みたいに光っている。
「どうすんの?」
質問でも相談でもない。その口調には、お兄ちゃんがどうにかしてよね、という脅しが込められていた。
母のジャズフェス出場は、小五の女子にとっても、死活問題らしかった。
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