いざ、せつ子街に!

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 筒井さんより一回り小さい母だが、それでも背中のファスナーが必死の形相で歯を食いしばっている。肩紐なんて、今にも悲鳴を上げて飛んでいきそうだ。  全然、大丈夫ではなかった。 「いいやん、なぁ?」  虎の顔がプリントされたTシャツに、ゼブラ柄のスパッツといういで立ちの光江さんが、真顔で俺に同意を求めた。  「そやけどやっぱり、振袖は隠したいわ」  母が両腕を振ると、たるたるっと贅肉が揺れた。 「そしたらこれ貸したげるやん」  光江さんが首に巻いていたショールを母の肩に掛ける。ピンクのヒョウ柄に、キラキラしたスパンコールが付いたやつだった。 「ほら、ばっちりやん。舞台に映えるわ」  さっきからあわあわと小さく息を漏らしていた俺は、そこでやっと声を上げた。 「まさか、それでジャズフェスに出るつもり?」 「そやで。あかん?」  何か問題でも? と邪気のない目で問いかける。 「あかんに決まってるやろ!」  思ったよりも低くて大きな声が出て、自分でも驚いた。 「ハズイねん! クソババァ!!」  勢いに任せて怒鳴ると、ぽかんと口を開けている母から目を逸らし、俺は部屋を飛び出した。階段を駆け上がり自室の扉を力任せに閉めた。ドキドキしている心臓を押さえ、思った。  俺は自分が笑われるのが嫌なのではない。母が笑いものになるのが許せないのだ。そんな母を見るのが、悔しくて、悲しいのだ。  何故なら、俺はお母さんが好きだからだ。
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