いざ、せつ子街に!

9/13
前へ
/13ページ
次へ
 玄関を開けると、カレーの匂いが出迎えた。 「隆史、お帰り」  カレーの味見をしていた母が振り返る。鞄から弁当箱を出して流しに置いたが、ちらと横目で見ただけで何も言わなかった。冷蔵庫からキュウリを取り出して、トトトと切り始める。  クソババァと叫んだことを謝りたいのだが、どうしても素直に言葉が出てこない。 「俺も味見したい」  その代り、少し恥ずかしかったが言ってみた。 「味見で足りるん?」  笑いながら、母が小皿にルーをよそってくれる。小学生の頃は、よくこうやって味見させてもらった。見上げていた母の顔が、今は俺の斜め下にある。 「出てもええよ」  包丁を握る母の手が一瞬止まった。 「ジャズフェス、出てもええから」  綺麗に舐めた小皿を返し、「腹減ったー」と大声で言いながら風呂場に向かった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加