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部活から帰ると、夕暮れの台所には、景気よく油のはぜる音と香ばしい匂いが充満していた。母がきつね色に揚がった唐揚げをバットに移しながら、「隆史、おかえり」と声を掛ける。
「ただいま」と応える俺の口には、もう唾が湧いていた。
早速揚げたてをつまみ、「これ! 手洗いうがい!」という決まり文句を聞き流して頬張った。カリッとした皮を嚙み砕くと、スパイスやニンニクの香りと共に肉汁があふれ出す。いつも通り、抜群に美味い。そのままワシワシと白飯を掻き込みたい欲望を理性で抑え込み、シャワーを浴びてこようと思った時だった。
「あ、そや」と、母が振り返り、テーブルに広げたチラシを菜箸の先でつついた。
「お母さん、これに出よう思てるねん」
どこか弾んだ声で言うと、再び唐揚げに向き直った。口をもぐもぐさせながら何気なくチラシを覗き込み、絶句した。一瞬にして食欲が消え失せる。
油じみの付いたチラシには、ポップな字体でデカデカとこう書かれていた。
『天林商店街主催、ジャズフェスティバル!』
協賛のところには、母のパート先の弁当店も名を連ねている。
「ジャズって、……あのジャズ?」
俺の声が弱々しく掠れていたのは、夏休み中に始まった声変わりのせいばかりではない。
「ジャズはジャズやん。他に何があるの」
母は楽器ができない。故にサックスやトランペットでの出場であるはずはなく。
「お母さん、ジャズ歌えたんや。英語やのに」
「それがな、毎日お弁当買いに来る外人の先生、いるやろ? いつもシュッとしたはるシュルツ先生、男前の。その先生が歌詞にカタカナ書いてくれはることになってん」
いつものことながら、俺の疑問は全く解消されないまま話が進んでゆく。
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