P1 幸福の絶頂?

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 社交嫌いの旦那様ですが、夜会の席ではきちんとエスコートして下さいます。  夫婦でわたくしが選んだ衣装に身を包み、堂々と入場すると、みなさまの憧れの眼差しが心地よく刺さって参ります。  あの女性嫌いで通っていた「氷の貴公子」の妻の座を射止めたわたくしは、令嬢たちの嫉妬と羨望(せんぼう)を一身に受け、まさに社交界の女王として君臨しておりました。  社交の席があまりお好きではない旦那様ですが、意外なことにダンスだけはお上手です。  夜会のたびにわたくしとともに見事なファーストダンスを踊っては、人々の賞賛を受けておりました。  ファーストダンスが終わるとすぐに会場の隅に行ってしまわれますが、人様の注目を集めるのはお嫌いな方ですもの、致し方のないことでございます。  旦那様が気の置けないお友達とおしゃべりに興じておられる間に、わたくしがしっかりとみなさまと交流しておけば良いだけと、気楽に構えておりました。  嫡男のアナトリオが産まれた時の旦那様の喜びようといったら、そのまま天にでも昇る気ではないかと思うほどのはしゃぎっぷりで、産褥(さんじょく)のわたくしも目を疑うほどでした。  わたくしそっくりの鮮やかな赤い髪に、旦那様そっくりの凛々しい顔立ちと澄んだ蒼い瞳はその名の通り、立ち昇る朝日そのもの。  旦那様は目の中に入れても痛くない可愛がりようで、自ら乳母を選び、お忙しい政務と領地経営の合間を縫ってはあやしたり遊んだりしてくださったものです。わたくしも1年近く妊娠、出産で思うに任せぬ日々を送り、辛い思いも致しましたが、旦那様の喜びようと我が子の溺愛ぶりに、あの辛く苦しい妊婦生活とおぞましい出産の苦痛に耐えた甲斐があったと嬉しく思いました。  そう、わたくしは幸せの絶頂にあったのです。その幸せが見せかけだけの、はかなくもろいものだと知りもせずに。
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